プラスチックな卒業生 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン3 その18
窓から顔を出していたのは見たことのない中年男だ。
「こんなところで、どうされました?」
「あっ…
僕たちはここの卒業生なんです」
と咄嗟に嘘を付いていた。
いや、俺たちはここの卒業生だ。
嘘ではないか…
「そうでしたか、どうぞ中に入って下さい」
中年男は満面の笑みを浮かべた。
その愛想の良さに少々、拍子抜けな気分だ。
俺たちは勝手に敷地に入り、敷地内をちょっとばかり掘り起こしていたのだからな。俺たちは完全に不審者だ。
中年男は窓から姿を消したと思ったら、近くの裏口の戸から姿を見せた。
「どうぞ、懐かしの母校へようこそ!」
俺たちはどうしたものかと顔を合わせる。
「まぁ、いいだろう。入ってみるか」
「うん そうだね」
俺からの提案を西松は頷きながら、同意した。
俺たちは中年男の待つ、裏口へと向かう。
「卒業生の二人が皆んなに会いに来てくれたぞー」
裏口から入った時、中年男は皆に紹介するかの如く、声を上げた。
すると多くの学生達が駆け足で集まってくる。
「ようこそ、先輩!」
等、集まってきた学生達は口々に俺たちへの歓迎の言葉を投げかけてくる。
「お久しぶりです!先輩!」
一人の女学生が顔を朱に染め感激しているかのように言った。
女学生にお久しぶりです!先輩!等と言われ悪い気分はしないのだが、俺はこの女学生のことを知らない。
そもそも俺は卒業して何年も経っていることからして、この女学生を始め全校生徒が俺を知るわけがないのだ。
「お前の知り合いか?」
と西松へ目配せする。
「俺じゃないよ。風間の後輩じゃないのか?」
「俺のわけがないだろう。俺に先輩も後輩もいない」
そうだ。俺はここに通っていた時、同学年以外と関わりを持った事がないのだ。
だから先輩呼ばわりされるのは少々居心地が悪い。
「久しぶりの母校はどうですか?」
窓から顔を出した中年男が満面の笑みを浮かべ話しかけてきた。
「僕らが通っていた頃と何も変わっていないですね」
等と言ったものの、学生達が集まり過ぎてて、変わっているのか、そうでないのかよく見えない。
「そうでしょう。私はここに来て10年になりますが、ここは何も変わらない」
と中年男は笑った。
“ここに来て10年”と中年男は言った。こいつはここの教師か?
集まっている学生達の一人がこの中年男に向かって、“先生は〜”等と何か話し掛けていることからして、この中年男は教師なのだろう。
俺は西松の耳元に近づき、
「西松、この教師知っているか?」
と耳打ちする。
「知らない。風間は?」
西松は小声で返してきた。
「いや、俺も知らぬ」
まぁ、知らぬ教師がいても不思議ではないか…
それならば、
「先生、僕たちは実のところ、入間川高校が移転して廃校になったという噂を聞いて、様子を見に来たんですよ」
「おかしな噂が流れるものですね。入間川高校は移転も廃校もしてきませんよ」
と、中年男は笑いながら答えた。
「そうですよね」
と愛想笑いで返したのだが、やはり納得がいかない。
そんな中、一人の学生が“先生、先輩にあれを出してあげなよ”と言った。
中年男は“あれ”と言われ一瞬、固まったが、すぐに何であるかを理解したようで、“そうですね、それはいいですね”と答えた。
「何ですか?あれって」
「生徒たちが校庭でコーヒーの木を栽培しているんです。今年、ついにその木から実が取れましてね。
それを焙煎してコーヒーにしたんですよ。
お二人には是非とも、彼らが作ったコーヒーを飲んで頂きたい」
中年男は満面の笑みを浮かべ答えた。その言葉に西松の表情が和らぐ。
「コーヒーを栽培したんだ!凄いな」
西松のその言葉に学生たちは喜ぶ。
「おい、風間!飲ませてもらおうぜ!」
「そうだな…」
「それなら私はコーヒーを淹れてきますので、お二人は好きに校内を散策してて下さい」
中年男のその言葉はまさに“渡りに船”だ。
「ありがとうございます。それじゃあ、校内を散策してきます」
「コーヒーが出来たら、校内放送でお呼びしますので、お名前をお教えいただけますか?」
中年男のその一言は予想外だった。わざわざ校内放送で呼ぶときたか。
俺は一瞬、言葉に詰まる。
「黒岩です」
と何故か俺は高校時代に所属していま派閥の領袖の名を言っていた。
これには西松も思わず吹き出すような笑いをこぼす。
「西野です」
と西松は笑いながら言った。
「風間、なんだよ黒岩って」
廊下を歩きながら西松は笑った。
「何故だろうな。咄嗟にクロの名を言っていた」
「黒岩ってお前らのグループのリーダーだった奴だろ?」
「あぁ、そうだ」
「黒岩って今何してるの?」
「知らないな」
「知らないって、お前ら友達だろ?」
「友達ではない。奴は俺たちを売った。
裏切り者だ」
「裏切り者?」
「あぁ、お前は知らなくても無理は無いのだが、黒薔薇党に占拠された日のことだ。
まぁ、色々あったんだが簡潔にまとめるとだな。
いつも半ケツ晒していた栗栖は人間爆弾にされ、榎本っていう高校生にして、風采の上がらない中年男の雰囲気を漂わせてた奴は地雷を踏んでさようなら。
俺たちの派閥、ブラックファミリーは次第に仲間を一人ずつ失い、追い込まれていたんだ。
そんな中、リーダーであるクロが白旗持って黒薔薇党と交渉をしてくるって言い出してな。
クロは交渉に行ったのはいいが、奴は舌の根の乾かぬうちに裏切り、俺たちの逃走経路を黒薔薇党にバラしていやがったんだ」
「そんな事があったのか…
その後、クロはどうしたんだ?」
「ブラックファミリーの一員、高梨が射殺した」
「それはもしかして…」
「あぁ、尻毛と同様にしているかもしれない。
だとしても、俺はクロだけは許さない。奴と連絡を取ろうとは思わない」
「それは…、仕方ないかもな」
「お前もそう思うか。
クロの件は置いておくとしてだな、まずは屋上へ行くぞ」
「屋上?何かあるの?」
「今言った、栗栖が人間爆弾にされ、爆破されたのが屋上なんだ。
あの爆発で屋上のフェンスとか吹っ飛んでいたからな。
その痕跡を探そう」
「わかった」
と西松は返事をしたのだが、俺たちの周りを高校生らが輪になって取り囲んでいた。
俺と西松は周囲を見回すと目を見合わせる。
「なんか凄い取り囲まれてるけど…」
西松は困惑の表情を浮かべていた。
「まぁ、構わんよ。行くぞ」
俺はエレベーターに向かって歩き始めると、学生らが皆、俺たちの後に続く。
その様子はまるで大名行列のようだ。