触れられたくない過去 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン3 その44
俺たちはその後、ペヤングの部屋の外のゴンドラを使い、タマワンの二階へと降り、西松に待機させてあったトラックへと乗り込み、その場を後にした。
夜明け前、東の空が赤みを帯びてくる時。
普段ならそんな光景を爽やかな夜明け気分で眺めるのだろうが、爽やかどころか陰鬱だ。
夜が明けるのに俺の心はまだ闇の中にいる。
ペヤングとの決着は有耶無耶になり、奴に話をさせたが何も得るものは無く、謎を解く手掛かりさえも得られなかったのだ。
結局、俺たちは誰かの手の上で踊らされているようなものなのか。
「糞平に会ってみるのはどうかな?」
西松だ。ペヤングの部屋での経緯を聞き、そう提案してきたのだろう。
「糞平か…、今の俺には糞平はどうなのかと思える。
ペヤングの話に納得は出来ないんだが…、奴がまるっきり嘘を言っているとも思えない。
ペヤングにとって人類半減化計画は狂人の誇大妄想だ、って話だか、今となってはそれに納得出来る部分もある。
何せ、糞平は頭にアルミホイル巻いてたからな」
西松は俺の言葉の後に沈黙した。
その沈黙に俺はある事を思い出した。
「そういえば西松よ…、お前はあの時、糞平から勧められるがままにアルミホイルを頭に巻いてたよな?」
俺のその一言に運転席の森本が笑う。
西松は明らかに俺のその言葉を無視している。
西松は助手席に座り、俺はその真後の席だ。俺は西松の耳元へ近付き、
「西松、お前は糞平から勧められるがままに、アルミホイルを頭に巻いていたよな?
西松、お前は糞平から勧められるがままに、アルミホイルを頭に巻いていたよな?」
大事なことなので二度言った。
西松はそれでも沈黙しているので、西松が座る助手席のヘッドレストを後から軽く叩くと、西松は振り返った。
「しつこいよ!仕方ないだろ、糞平が2、3年の間にワクチンを打った奴は、影の政府の電磁波攻撃で水晶化して砕け散るって言ったんだから!」
西松は怒ったような表情で捲し立てきたのだが、表情を一転させる。
どこか恐れ慄いているような表情だ。
「今回はあのジェフが水晶化して消えたんだろ?」
「あぁ、そうだ」
ジェフが水晶化して砕け散る瞬間が脳裏に浮かぶ。
その時、その場にいたのは俺と森本、パリス、榎本、ペヤングだ。
「森本さんとパリスはここ2、3年の間にワクチンの類とか接種した?」
と二人へ問い掛ける。
「俺は生まれてこのかた、そんなものを打ったこと無いぜ」
森本のその一言には納得だ。打たなそうだし、気にしてなさそうだ。
「俺は打ったよ」
とパリスだ。パリスも気にしなさそうなだけにこの返答は意外だ。
「榎本さんは…」
と俺が言うと、
「打ってそう」
と西松は笑い、
「あいつはやらなくていいものまでやってるだろ」
と森本が大笑いした。
「だよな。
榎本のことは一旦置いておくとしても、パリスはワクチン打っててもあの場で水晶化しなかった。これはどういうことだ」
「水晶化は何か他にに原因があると
か」
と西松が言った。
「かもしれないな。
ひとまず、糞平の家へでも行ってみるか。奴が所沢駅前で処刑された後、どうしているのか気になるしな」
この前、糞平の携帯へ電話した時、現在使われておりません、とのアナウンスが流れたことからして、家も変わっている可能性がある。
だとしても、何か変化があるのなら行く意義はあるだろう。
俺が糞平の家への大まかな経路を告げると、森本は糞平の家へと車を走らせた。
糞平のアパートへと辿り着く。
糞平が住むアパートは、前に俺が連れて来られた時と寸分違わない姿のままであった。
俺の記憶だと糞平の部屋は二階の一番奥だ。
俺たちはアパートの外階段を上がり、糞平の部屋へと向かう。
「あった」
二階一番奥の部屋の木製のドアには、糞平の本名である“草平”とネームプレートが貼られていた。
そのネームプレートを指差す。
「糞平の部屋だ」
森本、西松、パリスがそれを見て頷いたのを見てから、俺は糞平の部屋のドアを3回、立て続けに軽くノックする。
反応が無い。
今度は強めのノックを3回する。
すると開錠される音が聞こえた。
しかし、それは残念なことに糞平の部屋のドアではなく、隣の部屋のものであった。
隣の部屋の開かれたドアの端から住民が顔を覗かせる。
その住民は俺たちを見て驚愕したかのような表情を浮かべた。
「この部屋の草平さんって居ますかね?」
俺の問いかけに隣の部屋の住民は何も言わず、勢いよくドアを閉めた。
「なんだよ、あれ」
と言った時、糞平の部屋の中から物音がした。
「何か音がしたぜ」
と言いつつ、森本は糞平の部屋の木製のドアに耳を付ける。
俺もドアに耳を付けると、中から何か人の声が聞こえた。
「糞平かー!糞平、いるのかー⁉︎」
と室内へ呼び掛けると“僕だ、いるよ”と微かに声が聞こえた。
気がした。
「いるみたいだが声が小さい。何かあったのかもしれない」
「シロタン、俺に任せろ」
と森本は言いつつ、ズボンのポケットからポーチを取り出し、側面のファスナーを引き、ポーチを開けた。
ポーチの中には何やら小さなドライバーのような物が何本も入っている。
「森本さん、まさか」
「おう、開けて入るぞ」
森本はポーチの中の器具を使い、ものの数秒もせずにドアを開ける。
「そこから動かないで」
ドアを開けたその刹那、部屋の中からそんな声が聞こえた。