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虚しさ逃避行 「話はそれからだ…」と中年男は言った シーズン3 その46

「ちょっと止めてくれ!」

 俺のその一言に、森本はワゴン車を急停車させる。

「シロタン!あれはまさか…」

 さすがの森本も驚愕の表情を浮べている。

「糞平のアパートだ…」

 糞平のアパートが爆発の後、炎上している。

「あれは自警団に爆破されたの?」

 西松も開いた口が塞がらないといった感じだ。

「わからん…」

 これ以上、何も言葉が出てこない。
 糞平が…、あの糞平が。
 確かに頭にアルミホイルを巻いた尋常ではない男だったが…、

 脳裏に無表情なりの笑みを見せた糞平の顔が浮かぶ。

「自警団が追ってくるぜ!行くぞ」

 自警団の連中は俺から感傷に浸る間さえも奪うのか。森本の叫びによって現実に引き戻されると、前方数メートルの位置に自警団員が姿を現していたことに気付く。
 森本のワゴン車は唸りを上げて急発進する。


 森本のワゴン車は走り続け、暫く経つと追手の姿は見えなくなっていた。
 追われている緊張感から解放されると、車窓の向こうに糞平の顔が浮かぶ。
 そうだ。俺はかつて、糞平の運転する車に乗ったことがあった。
 季節外れの大雪が降った日、俺は家で父である烈堂にキュウリを食えと強要され、家を飛び出したのであった。
 その時偶然にも糞平と会い、奴のアパートへ行ったのである。
 そのアパートへ行くまでの道中が中々、過酷であった。
 糞平は尾行されてもいないのに、尾行されている、ストーカーされていると被害妄想を発揮し、一晩中ずっと車で走り回っていたのだ。
 しかも大雪の中の悪路をけっこうな速度を出して走っていたからな。
 まるっきり一晩中、スタントカーに乗せられていたようなものであった。
 あの時はもう自動車になど乗りたくないと思った。
 しかしだな、そんな最悪な思い出さえも今は懐かしく思えるのだ。
 その時、糞平のおかしい奴なりの温かさにも触れたんだったな…
 そんな糞平はもういない。
 父である烈堂ももういない。

 不意にある事が閃いた。

「西松、お前の家族は無事だろうか」

 俺の一言に助手席の西松は身体をビクッとさせた。
 西松は慌てた様子で携帯電話を取り出す。

「お前は実家から通ってるのか?」

「実家は三重県だけど…、ちょっと電話してみる」

 西松はガラケーを開き、操作して耳元へ当てがう。

「もしもし、お母さん?松彦だけど」

 電話は通じ、西松の家族は無事なようだ。
 他人事とは言え、ほっと胸を撫で下ろす。

「えっ⁉︎」

 と西松が声を漏らした後、そのガラケーから何やら大笑いする声が微かに聞こえてきた。
 西松は震えてるいる。何かあったのか…
 西松は雑にガラケーを閉じた。
 その直後、西松は言葉にならない叫び声を上げた。


「どうした、西松!」

「父さんも!母さんも!」

「両親がどうしたんだ⁉︎」

「やられたっ!」

「電話に出たのはまさかっ⁉︎」

「そのまさかだよぅ!自警団の奴らだーーっ!」

 西松は膝を抱えて号泣した。

 急に西松は顔を上げた。

「森本っ!あんたのせいだっ!あんたが猪なんて狩るからだ!」

 西松のその言葉に運転席の森本は何も言わない。
 森本の表情からは、いつもの不穏なまでのハイテンションさは消え、唇を噛み締め悲痛な表情を浮べていた。

「もう無理だ!俺は降りる!車を停めてくれっ!車を停めてぇっ!」

 西松が叫ぶと、森本はワゴン車の速度を落とし路肩に停車させる。
 西松はそのままドアを開け、車から降りると叩きつけるように乱暴に閉める。
 そしてそのまま、何も言わずに逃げるようにして走り去った。


「森本さん。あんたの家族は無事だろうか?」

「俺か?俺には家族なんていねえよ」

 森本はそう言いながら、後部座席に座る俺の方へ振り返る。
 笑ってはいるが、どこかぎこちなく無理をしている感情を表情から読み取れる。

「パリス。お前はどうなんだ?」

「うん うちは大丈夫」

 俺の隣に座るパリスはいつも通りだ。いつもの何を考えているのかわからない、薄笑いを浮かべている。

「本当か?」

「うん 大丈夫だよ」

 何が大丈夫なのかわからないが、パリスがそう言うのなら、そうなのだろう。


 俺にはもう帰る家が無いのであった。
 これからどうするか考えるにも、容赦ない疲労感で身体が重い。
 しかしそれでも腹は減る。
 それを身体の方から訴えてくるかの如く、腹が鳴った。

「何か喰っていかねえか?」

 と運転席の森本が言った。
 車内はエンジン音が鳴り響く空間だ。俺の腹の音など聞こえていないはずなのだがな。

「そうしようよ」

 とパリスが言った。いつもこういった話に無言で付いてくるだけのパリスにしては珍しい。
 ガラケーを開き、時刻を見たら昼を過ぎていた。
 そうだ。俺たちは昨晩から何も食べていなかったのだ。


 田園風景が続く街道沿いに、昭和の残り香を漂わせるドライブインを見つけ、俺たちはそこで朝食兼昼食を食べることにした。
 店の中にも例の自警団、店の奴が自警団の可能性もあるからな。俺たちはそれぞれ銃を隠し持ち、店内へと入る。


 四人掛けのテーブル席に付くと、店主らしき中年男が水の入ったコップを持ってきた。
 俺と森本はカツ丼、パリスはラーメンを注文すると店主らしき中年男は厨房へと戻って行った。

 隣のテーブルの上にはテレビのリモコンが有り、森本はそのリモコンを手に取り電源を入れる。

 古い店内…、古いと言うより廃墟一歩手前の様な店内には、不釣り合いな50インチ以上はありそうな液晶テレビにキズナ ユキトの姿が映し出された。
 思わず、俺は舌打ちをする。

「ここでもキズナか」

 森本がリモコンを使い、チャンネルを変える。
 そのチャンネルにもキズナ ユキトの姿が映し出された。今度はキズナ ユキトが子供の乗った車椅子を押している姿だ。

「またキズナか」

 と森本は言うと、再びチャンネルを変えた。
 すると前に映し出されたチャンネルへと戻った。

「あれ?」

 と森本がチャンネルを変えると、再び車椅子を押すキズナの姿に戻った。

「なんだよ、これ」

 と森本が何度もチャンネルを変えるが、交互にキズナの姿が映し出されるだけだ。
 まさか…

「森本さん。番組表を出してくれ」

「おう」

 森本はリモコンの番組表のボタンを押した。

「なんだ、こりゃ」

 森本が驚くのも無理は無い。液晶の画面の番組表にはチャンネルが二つしか表示されていなかったのだからな。
 しかも、そのうちの一つのチャンネル名はKYHK。もうひとつはKテレ…

「何なんだよ、これ」

 俺は店のカウンターに新聞があるのを見て、席を立ち新聞を手に取る。新聞を広げ、テレビ欄を探す。

 あった。

 そこには信じられない光景が繰り広げられていた。

「森本さん、これを見てくれ」

 俺は新聞をテーブルの上に広げた。

「え⁉︎」

 テレビ欄もやはりチャンネルが二つのみ。その横にAMとFMのラジオ欄が一つずつ表記されている。
 KYHK-FMと同じくKYHK-AM。

「シロタン、このKYHKってのは、もしかして」

「キズナ ユキトのKY…、キズナ ユキト放送協会ってことか」

「そうなんですよ、お客さん」

 厨房から店主の声がした。

「今朝、緊急会見がありまして、全放送機関、報道機関がキズナ ユキトに買収されたんですよ」

『なんだってぇ』

 店主の一言に俺と森本は声を揃えていた。

「新聞の一面を見て下さい」

 店主の一言に俺は新聞をめくり、第一面へと戻す。

 そこはキズナ ユキトが全ての報道機関を買収の文字が踊っていた。
 さらに新聞名も絆新聞となっていた。

「なんてことだ…」

 新聞をめくってみるのだが、全てキズナ ユキト関連の記事となっていた。

「森本さん、これを見てくれ」

 新聞を森本へ渡すと新聞を見始めた。

「シロタン、これは!」

 流石の森本も表情を変え、新聞をパリスへと渡す。

「キズナ ユキトの記事しかねぇぞ!」

 森本も驚愕しているのに、新聞を見るパリスの顔はいつもの薄笑いだ。

「なんなんだよっ!なんでこうも、奴のいい様に変わっていくだよぅっ!」

 怒りのぶつけ所がわからず、俺は思わず地団駄を踏む。
 いつか見た、キズナ ユキトの勝ち誇ったような笑みが脳裏に浮かぶ。

「ちっくっ!しょうっ!」

 怒髪天を衝く、まさに今の俺の心境だ。

「生きにくい世界になりましたね」

 と店主は呟きながら、カツ丼二つを俺たちのテーブルへと置く。
 その立ちのぼる湯気と共にふっと漂う芳香に、一瞬、キズナ ユキトの事を忘れる。
 俺は何も考えずに注文していたのだが、

「マスター、これはまさか⁉︎」

「はい。代用肉ではない、本物の豚肉によるカツ丼です」

 店主の着用する、銀縁眼鏡のフレームがきらりと光った。

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