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「曽祖父宿る」 ちょいスピリチャル系
映画の撮影が好きなんです
役者さんは、
もちろんの事ですがカメラマンさん、音響さんなど
各方面のプロフェッショナルな職人さんが
ひとつの作品創りに集中して挑む
LIVEとかイベントとか同様ですが
あの独特の緊張感がたまらなく好きなのです
通行人Aとか侍Bとかエキストラの出演ですが
7本程映画の撮影に参加したことがあります
普段はエキストラだと
メールで書類選考ぐらいが多いんですが
初めてオーディションを受けてでも
撮影に参加した1本の映画
オーディションは
見事に落選でしたが監督さんの計らいで
侍、農民、兵隊など7役くらいで
出演させてもらいました。
半次郎という明治時代の西南戦争をテーマした
地元・鹿児島で主に撮影された映画です
「西南戦争」(せいなんせんそう)とは、1877年(明治10年)の2月15日から9月24日まで続いた、日本国内で起こった最後の内戦。「明治維新」の立役者である「西郷隆盛」(さいごうたかもり)が挙兵した戦いで、武士の世に終止符を打った戦いとも言われています。
『 曽祖父が、
西南戦争に西郷隆盛 率いる薩摩軍に参戦した 』
その事だけは幼き頃から祖母に聞かされてました
そんな曽祖父の経験を体感したくてエキストラ参加しました。
7役ほど演じましたが
最初の撮影は念願の薩摩軍の名の無き侍でした
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/76538137/picture_pc_c31829017ab8e4dde13af92cfd084987.png?width=1200)
野戦病院で5名ほど負傷兵が傷の痛さにうめき苦しみ
その横で準主役の俳優さんがセリフを言うシーンの撮影でした
【やせん‐びょういん】 戦地で前線の後方に設け、戦線の傷病者を一時収容して治療する所
助監督さんから簡単な指示
“ どこか負傷して、
とにかく痛がってもがき苦しんで下さい‼︎ ”
リハーサルで周りのエキストラさんたちと
脚や腕を痛がって苦しむ演技をしていましたが
自分はリハーサルとは異なり本番の撮影で咄嗟に
腹に敵の鉄砲で撃たれ、
腹の出血を両手で抑え身体をくの字にして
右に左にバタバタと動きもがき苦しむ
そんな感じの熱演をしました。
本来、エキストラごときが
アドリブをするんなんてありえないので
リハーサルと違う咄嗟の演技をしたのか
自分でもわかりません
”よーい、スタート‼︎ 🎬 “の瞬間、
なぜかそうしていました。
撮影も終わり
実家に帰った際に
母に西南戦争の映画に出たんだと話したら
初めて耳にする衝撃の事実を知りました
『曽祖父は、
西南戦争の時にお腹に敵の鉄砲玉をうけて
“ 今でも鉄砲玉が腹に残ってるんだ‼︎ ”
と言って時々、想い出すかのように
懐かしむかのように
お腹をさすっていたんだよ』
自分の撮影の咄嗟のアドリブ演技を
慌てて母に話したところ
『 おじいちゃん、宿ったんだね‼︎ 』
そう言って仏壇に手を合わせていました。
その後、映画の撮影の打ち上げで
出演者の方々とこの話をしましたが
他にも多数同じような事が起きたと聞きました。
この映画の出演をキッカケに
曽祖父との心の距離が近づきました
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