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マキノ正博 鴛鴦歌合戦 1939

奥行きのある画面の橋の上をおとみ役の服部富子がこちらに歩んできて、それを町人たちが追いかけてくる。
カメラもそれに合わせてバックすると、彼らの背後に広々とした江戸の街の光景が広がってくる。
宮川一夫がカメラで、このさりげない冒頭でも構図が見事にピタリとはまっている。

彼らが動きながらオペレッタとして歌うのだが、その童謡風の素朴さ、屈託のない明るい音楽が楽しくて仕方がない。
大久保徳二郎が音楽を担当している。この映画にも出ているディック・ミネの曲を多く作曲した当時のヒットメーカーだそうである。その娯楽的でいながら音楽性の確かさも感じさせる上質な音楽がこの映画の一番の魅力だ。

お春役の市川春代は外見もかわいい系なのだが、それ以上に声がかわいい。声と喋り方だけでこれだけ人をひきつけるのも珍しい。口癖のはすっぱな感じの「ちぇっ」がたまりません。

なんとあの志村喬が歌いまくる!なかなかの美声である。これをキッカケに歌手デビューの話もあったそうだが、丁重に断ったとのこと。
当時34歳で老け役で、武家出身の父親を演じている。つい歌声に気を取られるが、本当の父親のような貫禄でなりきっていてさすがだ。

ディック・ミネは殿様としてのキャラも強烈だが、やはり歌がうますぎる。一人だけ図抜けている。

片岡千恵蔵はさすがの貫禄で堂々たる主役ぶり。

宮川一夫のカメラワークは、オペレッタに的確に適合した基本的にはシンプルなものである。
ただ、お春が闇夜の中を泣きながらこちらに走ってくるのを、前にある木々をかすめながら、カメラが高速でパンするショットなどは、やはり見事なものだ。

傘屋の傘だらけの中を登場人物が勢揃いして歌う、やや俯瞰のショットが気持ちよいラストである。

マキノ雅弘がまだマキノ正博だった時代の本作は当時はさほど注目されていなかったが、1985年に渋谷パルコで再上映されて火がついたのだという。
確かに今見ても全く古さを感じさせない。当時の映画製作力の総合的な高さには驚くしかない。


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