女装小説「めざめ」第1話・出会い
「あの人」=大山要蔵と出会ったのは、仕事上の顧客のひとりとしてであった。生命保険の営業の仕事を担当しているサトシは、上司から呼ばれてこう言われた。
「変わった人でさ。60代の男性なんだが、何故か女性担当からは買わない。男性担当しか相手にしないんだよ。ただ、過去の担当者もみんなそうだったんだが、よく商品を買ってくれるから、新人の君にはきっといい練習になるよ。」
生命保険の営業部門によくあることだが、この上司とサトシを除くと、全員が女性の職場だったので、サトシが担当するしかなかった。何の疑問も持たずに、教えられた連絡先に電話すると、拍子抜けするほどあっけなく会ってもらえることになった。過去の担当者からたくさん買った人はもうこれ以上買えないと言って会ってくれないことも多かったから、意外ではあったが上司の言う通りの御しやすい顧客なのかもしれないなと思いながら、とにかく三日後に大山が経営する店にうかがうことになった。
隣町の駅近くにあるという、大山の店は、前任者の残した資料によると「女性用服飾店」とあり、「ヴィクトリア」というその店名からも、ブティックか何かなのだろう。そんなことを想像しながら、スマホの地図アプリに導かれるままに向かうと、そこには予想とは少し異なる店が現れた。駅から細い路地を5分ほど歩いた、裏通りの雑居ビルの看板には「女装サロン・ヴィクトリア」と書かれていたのだ。こうした場所があることは彼も知っていたが、まさかこんな近くにあって、自分が足を踏み入れることなるとは思ってもみなかった。
(前任者も正直に書きづらかったんだな。)
少し入ることが躊躇われたが、ここでまごまごしていると通りがかりの人に不審がられてしまいそうなので「えいや」と店の扉を開けた。
「お邪魔します。第七生命保険のものですが、大山さんはいらっしゃいますでしょうか?」
店内は普通のブティックのようであったが、派手なランジェリーや、セーラー服などコスチュームのようなものがおかれているのが、違うところといえるかもしれない。
「はいはい、保険屋さんね。いらっしゃい。奥へどうぞ」
カラフルな色とりどりの衣装の奥へ、進むと、意外にも、スキンヘッドのごく普通の男性がレジの向こうで座っていた。少し中性的な男性を勝手に想像していたので、意外な感じがした。
「はじめまして」サトシは、名刺を交換しながら、少し挨拶めいた言葉を二言三言かけると、商材の説明に入った。大山は嫌がるそぶりもなく、熱心に聞いてくれているようだった。
「いかがでしょうか?これなど大山さんにぴったりの商品だと思いますが」一通り説明を終えて、彼がそう言うと、大山からは意外な言葉がすぐに帰ってきた。
「うん、いいね。加入してみよう。」あまりにすんなりと望む答えが返って来たことに、驚く暇もなく、大山は言葉を継いだ。
「そのかわり、ひとつ条件があるんだよ。前任者にもいつも同じことを言っていたんだが、うちのサロンの体験コースを一度君に体験してほしいんだが。」
「えっ」
あまりにも予想外の言葉が繰り出されてきたので、サトシは言葉を失ってしまった。そんな彼の様子に構うことなく、大山は言葉を継いだ。
「いや、そんな驚かなくてもいいんじゃないかな。僕も君が勧める商品をひとつ買うから、僕が勧める商品もひとつ試してほしいという、すごくシンプルな交換条件なんだけどね。しかも僕の商品の方はお試しだから、君の勧めるものと違って無料でいいし、君にとって有利な条件だと思うのだが。」
たしかに大山の言う通りなのだが、生命保険のセールスをして、女装させられることになるなんて、あまりにも予想外の展開にすぐに答えを出せるわけもない。恥ずかしいのは確かだが、少しばかり恥ずかしさを耐えて大山の希望に従えば、会社のノルマを果たせるのだ。冷静に考えてみると、どうしても嫌なことかと問われれば、実はそうでもないことにサトシは気づいた。それどころか、恥ずかしさはあるものの、むしろ女装することが嫌などころか少し関心すらあることに自分でも驚いた。店に入ってから、目に鮮やかなランジェリーやセーラー服などの女子高生の制服などに、何故かドキドキし続けている。自分の気持ちをよく見つめなおしてみると、その胸の高鳴りは、恥ずかしさ半分、興味半分というところがあったのだ。弱弱しく頷くと、そこから先は大山のペースだった。
「じゃあ、早速。」大山は、保険の申し込み用紙に慣れた手つきで必要事項を書き込むと、あっさり印鑑を捺してくれた。
「何を着たい?」
単刀直入、大山は、もう女装サロン体験へのプロセスに入ろうとしている。スピードと恥ずかしさにドギマギして、サトシが答えられずにいると、大山から提案があった。
「セーラー服とかどう?いいんじゃない?」
セーラー服という言葉に、頬から火の出るような熱さを感じながらも、「はい」と答えるわけにもいかずにいると、容赦なく大山からの指摘があった。
「セーラー服気に入ったんだね。君の息子が急に元気になったね。」
指摘されるまで気づいていなかったのだが、セーラー服と言われた途端に、恥ずかしさと興奮でクラクラし、彼の陰茎にドクドクと血が流れ込んで、はちきれそうになっていたのだ。