5時限目、私はミサイルを発射できない。
別に政治問題を語りたいわけではない。むしろその話題を広げないでほしい。
これは私が生意気な高校生のときのお話。
3年間メンバーが変わらない唯一のクラスで学生生活を過ごした時代の出来事だ。
あの日は確か木曜日の5、6時限目、若干日が落ちくぼんできた夕方ごろの英語教室(以下別名:ABCルーム)での話。
ABCルームでの授業は基本的に隣の人や四方のクラスメートとディスカッションやワークショップを通して学ぶ形態だった。
通常の教室ではクラス替えで定期的に隣人が変わっていくが、ABCルームでは基本的に縦から出席番号順で並ぶので3年間隣の席は変わらず一緒。
そしてその運命の席ともいえる私の隣は、
いわゆるカースト上位のオシャレ女子だった。
別に嫌われているわけでもない、気に入られているわけでもない。ヘアアレンジが得意で、母親が平均より若めで、休日にはがっつりお化粧をしてママとお出かけし、弟がダンスに通っている、高校生ですでに脱毛サロンに通っているような、クラスで一番あか抜けた存在の女の子。
それが私のとなり。
では私はどうだったか?
大体彼女と真逆だったと想像してほしいところだが、室内犬ではなくミックス犬を外で飼うような、服はリサイクルショップで揃え、休日に11時ごろまで寝て、その後おばあちゃんとスーパーに行き、たまに自宅へ訪ねてくる親戚に軽く会釈をしたら部屋に引きこもり、その部屋に鍵が存在せずプライバシーのかけらもない家で、万年ツインテールが似合うと思い込んでいた小奇麗なジャガイモを想像してくれるといい。
そんな私が、彼女のとなり。
その日の授業はいつも通りディスカッションというか、スピーキングを伸ばすカリキュラム。
いつもは「行きたい国について話そう」とかそんな感じの軽いテーマの時もあれば辺鄙なお題を用意してくることもある。
その日もなんとなしに授業開始の鐘が鳴り、軽い説明のあとお題がブラックボードにレッドなチョークで記されていく。
「押すとミサイルが発射されるボタンを隣の人が持っています。
そのボタンを押させないように説得してください。」
英語ではなんと言っていたか忘れたが、確かこんなニュアンスだった。
いつもとは趣向のちがったお題で沸き立つ(焦る)ABCルーム。
なんだか心理実験をしているようで、一瞬背筋が伸びる。
私はある程度スピーキングが得意な方だった(適当に話していても、すらすら文章を組み立てれば、それっぽく見えたから)ので、先行でトライさてもらった。
カッコつけるために英語を話していたせいか、実際に自分がなんと彼女に声をかけ、ミサイル発射を食い止めようとしたか覚えていない。
でもたしか、彼女は想像上で持っていたボタンを躊躇いもなく押した。
私の声は届かず、どこかへミサイルが飛ばされ、一国が消滅した。
別にボタンを押されたからと言って、テストの点数に響くわけではない。
彼女が私の英語を理解できなくて適当に押した可能性もある。
いじわるではなく、最初から何を論されても意思は変わらなかったのかもしれない。
つまり彼女はそういう人。私がコントロールできるような人ではなかったと、そういうだけである。
続いて彼女の番。
私も先程の彼女を見習って、なんと言われても想像上の赤いボタンを勢いよく、凛々しく、自由意思で、間髪入れず押してやるつもりだった。
「いいよ、押しな。押せばいいじゃん。」
顎をくいっと一瞬突き出し、うしろの机に肘をもたれかけながら彼女は私に言った。
一瞬の迷いもなく、頭髪検査に引っ掛かりそうな長さの爪を弄りながら。
私はボタンを押すことが出来ず、反論さえ出ないことをしり目に、彼女は「それ見たことか」と言わんばかりに余裕そうだった。
そう、文字通りの真っ白、頭がホワイトアウト状態。
そのとき、私の想像上の赤いボタン(キャメロン・ディアス主演の「運命のボタン」のような見た目)は跡形もなく手から消えていた。
考えたくもなかったが、負けた、敗北、負け犬といった感覚になった。
見た目や環境、人間関係や愛嬌で彼女には常に劣っていて、私は同じフィールドにも立てない。出会った時から敗北宣言をし、彼女は不戦勝だった。
だけど、学力や英語だけでは彼女に勝っている。
そんなチンケな見栄だけが、隣の席に座ったときの武器だったのに。
たかが英語の授業で反論できなかっただけ。なのにこんなにも色濃くこの記憶から立ち退いてくれないのは、一重に、
あの言葉が私の性格を理解して放った、会心の一撃だったからだろう。
私は彼女を表面的にしか知らないのに、彼女は私の深層心理まで一瞬で潜り込み、弱点を探し当て、盗んでいったように感じたから。
ずるいと思った。
全てを持っている彼女が、私の気持ちまでも手玉に取っていることが。
私は何も持っていないのに。
月日は巡り、8年ぐらい、もう充分時間は経ったのに、私はいまだ彼女に囚われている。
彼女の持っていた先駆けの大人っぽさはやっと25歳ぐらいになって手に入れたはず。美容やそれっぽい趣味にお金をかけて、精神的にもあか抜けたはず。愛嬌も、仕事も、友人も、恋人も、手に入れたはず。
なのに、私はまだ”彼女”ではない。
まだ彼女に近づけない。
数年前まで彼女をInstagramで見かけていた。
当時はまだ芋っぽかったのか、と思うぐらいさらに美しい女性になっていた。
ブランド物のバックを持ち、統一感のあるインテリアで飾られた部屋に住んで、私たちが大学に行っている間に仕事をはじめ、自由に使えるお金を手に入れて、各段、別格に彼女はより、ビューティフルでファビュラス。
まるで一国のプリンセスのように。
私が彼女を追いかけるたびに、彼女はその数倍も遠のいていく。
もしかするとあの授業で彼女が持っていたボタンは想像上なんかじゃなく、本物だったのかもしれない。
あの日、彼女の発射したミサイルは私の領土に着弾し、一国もろとも壊れてしまったらしい。
私はいまだに自分の国を再建すべく、色々な資材を集め、復興にいそしんでいる。
そしてその間に彼女の国は私の何倍も発展していたらしい。
そりゃ追いつけないわけだ。
諦めて、私は私の国家を今後も地道に守っていくしかないようだ。
このNoteを書ききることで、やっと再スタートが切れる気がする。
そういえば思い出した。
あのとき彼女が私に言った、
「いいよ、押しな。押せばいいじゃん。」
あいつ、あのとき明らかに日本語で話してたな。
英語の授業なのに。
やっぱり、私は彼女の自由さの前には勝てないらしい。
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