設計ノート1:6AS7Gアンプ/基本設計(1)
それでは前回の続きとして、純三極管6AS7Gを使ったパワーアンプを設計して行きたいと思います。設計者がどんな事を考えて設計しているのかバレてしましますが(笑)。真空管や真空管アンプやその設計に興味の無い方には意味不明の設計ノートです、興味のある方だけ読んで頂ければ嬉しいです。
先ずは各社の6AS7G属真空管のデータシートを比較します。(太字は良くも悪くも特徴的な点です。)
米TUNG-SOL社の6AS7Gがプレート電圧DC275V・プレート損失14W×2と定格が大きく、ヒーター余熱時間を30秒と規定している他は、オーディオアンプとして使う限りはだいたい各社同じ定格です(但し、Svetlana社の6AS7はグリッド電圧の下限が-150Vに制限されていて、gmもかなり小さく、特性曲線もかなり異なるので、名前は似ていますがもはや別の球のようです)。
プレート供給電圧はPHILIPS社だけに記載がありDC550Vとなっています。プレート負極パルスは1,700V以上に耐えるので、各社ともほぼ同じ構造だとすれば、絶縁耐力の点から最大出力時の連続ピークプレート電圧は550Vまでなら問題なく使えるとみて良いでしょう。連続通電プレート電流がDC125mAも有ってgmが高く、ヒーター~カソード間耐圧が±300V有るのは、如何にも低電圧電源用のレギュレーター管らしい。
総じて、プレート電圧DC250V、プレート損失13Wの球と考えれば良く、真空管の寿命と後述のグリッドエミッションを考慮し、プレート損失を80%~85%の10W~11W程度で使えば良さそうです。以下にRCAマニュアルの動作例を載せます。1本で10Wの出力と1.8%の低歪率は魅力ですが、プレート損失をほぼ使い切っており、限界動作とも言えますから真空管の寿命の観点からは選び難いかと思います。
6AS7Gはヒーター電力が大きくプレート電流も多く流すためガラスバルブは相当熱くなります。加えて大きなプレート電流を制御するため、グリッド面積は広くカソード(そしてヒーター)に接近しています。またプレート~グリッド間隔も近いです。こう言う構造の球はグリッドエミッション(熱せられたグリッドから熱電子が出てプレートに流れ込む現象でグリッド電流が流れる。グリッドをプラスまで振った時の通常のグリッド電流とは逆に、グリッドから流れ出す電流となる)が出易い特徴があります。
このグリッド電流はグリッド抵抗に流れるためその両端電圧でグリッド電圧が既定のバイアス基点電圧(自己バイアスなら0V、固定バイアスなら設定した電圧)から上昇し、プレート電流が増えて発熱が増し、更にグリッド電流が増えてバイアスが浅くなりプレート電流が増え・・・と熱暴走を引き起こします。熱暴走まで行かずともプレート電流がフラフラといつまで待っても安定しない現象は容易に起こります。
この現象は古典管の50で有名で、対策はとにかくグリッド抵抗を小さくする事と自己バイアス(何らかの影響でプレート電流が増えるとそれに従ってバイアス電圧は深くなりプレート電圧も低下し、プレート電流の増加を抑える)にする事で、実際50では自己バイアスでグリッド抵抗10kΩ以下が指定されています。しかしグリッド抵抗の低下は前段の負荷を重くするのでグリッド駆動が難しくなります。高電圧駆動で10kΩともなるともう大変です。
古典的な回答はインターステージ・トランスで出力管を駆動する事で、トランスであればグリッド駆動電圧も稼げ、二次巻線の直流抵抗は10kΩ以下に出来ます。もう一つの回答は、前段にプレート電圧によってはプレート電流があまり変化しない五極管を用いて直結とする事で、少々のグリッド電流による前段プレート電圧変化では、グリッドバイアスが変化しないロフチンホワイト回路を用いる事です。こちらも当然出力管は自己バイアスを用います。
また6AS7Gは同じプレート電圧とグリッドバイアスを与えた場合でも、球によるプレート電流のバラつきが大きく、それどころか同じ球でも双三極管の2つのunit間でバラツキが大きい事が知られています。ですので自己バイアスも各unit毎にカソード抵抗を設け、その抵抗値可変範囲も広く設計しておく必要があります。こうする事で各unitのプレート電流の増減に従って各グリッドバイアスも増減し熱暴走を防げます。バイアス調整だけなら固定バイアスが簡便ですが、前記のグリッドエミッションによるグリッド電流への対応がかなり大掛かりになってしまいます。
今回のアンプはどうしようかと考えました。プレート損失を定格の80%の10Wに抑えるとすれば、Ep-Ip特性曲線からグリッドバイアスは-130V弱と読み取れます。つまりグリッド駆動電圧はピークで130V必要になります。
高電圧を出せる昇圧比1:2~1:3の良質のインターステージトランスは大きく重く高価です、高価な古典管50ならいざ知らず1000円の6AS7Gにはコストバランスが悪い。また6AS7Gは50などと違ってグリッドをプラスまで振ってA2級/AB2級で使う球でもないので、この点からもインターステージ・トランスも勿体なく採用は見送る事にします。
と言ってロフチンホワイト回路では、6AS7Gの駆動電圧が1unit当りピークで130V程必要なので、直結される前段の五極管のプレート電圧を仮に300Vにしたとして、それが6AS7Gにとっては-130Vのグリッドバイアスにならねばならず、6AS7Gのカソード電圧がVk=300V+130V=430Vとなり、6AS7Gのプレート電圧250Vと出力トランスの電圧降下(3~12V)を加えると、電源供給電圧Vbb=430V+250V+(3~12V)=683V~692Vにもなってしまいます。
より近代的な方法ではSRPP直結やカソードフォロア直結が考えられます。前者はロフチンホワイト回路の発展型と言えるので省略しますが、後者は出力管ドライブインピーダンスも低く安定度もあり検討に値します。しかし残念ながら6AS7Gの場合には結構難しいのです。それはグリッドバイアスが-130V程度でグリッド駆動電圧がピークで130V程度必要なのが原因で、前段のカソード電圧が-130Vを起点としてピークtoピークで±260Vも必要だからです。カソードフォロアの増幅率は1未満(0.9倍程度)なので更に前段はもっと大きな駆動電圧(±290V程度=580Vpp)を供給しなければなりません。前段の球のヒーター~カソード間耐圧や電源電圧の問題もあって、不可能ではありませんが大規模な構成が予想され、その割にA2ドライブには適さない6AS7Gでは出力の増大や歪の減少にも寄与しないと思われるからです。
そこでグリッド電流対策は別途考えるとして、敢えて通常のRC結合による6AS7Gプッシュプルアンプとする事としました。負荷抵抗を変えた場合の概略ロードラインと概略の動作点を下記に示します。今の段階ではあまり厳格に検討しても、球のバラつきや部品の精度やスピーカーのインピーダンス変動があるので、基本設計は概略で良いのです。
次回はこれを基に、基本設計を進めて行きます。
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