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スターの横をクールに通り過ぎた女子高生
2021年11月の記事を加筆訂正して、新しいエッセイにしてみました。
子どものころ、わたしはそこまで弱視であることを気にしてはいなかった。
見えにくくたって、結構ポジティブなわたしなので、見えにくいことで悩むことはあっても、なんとか工夫して乗り切っていたように思う。
だけど、深い悩みではなかったとしても、周りの人が当たり前にびっくりして、当たり前に感激するような出来事の半分しか感動できないとき、
「見えていたらよかったのにー!!」
と思ったものだ。
高校生くらいのときだろうか。
わたしは近くのスーパーに買い物に行っていた。
わたしが住んでいた街は、映画やドラマの撮影、バラエティのロケなどで有名人が来ることがしばしばあった。
その日、わたしは買い物を終えて、自宅に戻るために、歩道橋を歩いていた。
なんだか左側にカメラを抱えた人がいる気がする。写真でも撮るのかなー?
と、おもいながら、足早に通り過ぎた。
そのとき、すぐ隣にスタイルのよさそうな男の人がいた。すれ違うくらいの距離だ。
見えないけれど、雰囲気がある。オーラがある。素敵そうな感じ。
雰囲気でかっこよさそうな、素敵そうなオーラは察したが、
チラッと雰囲気を見て、気にせず通り過ぎた。
すると、近くにいた子どもが叫んだ。
「あ~!!TOKIOの松岡くんだ~!!!!」
え?!!ほんとに…?!!
わたしは、まったく見えない…弱視用の単眼鏡も持ち歩いていなかった。
その当時は携帯なので、カメラを使ってもそんなに大きくならない…。
通り過ぎたほうを見ると、たしかに、カメラで写真を撮っているというより、撮影している!
てことは…さっきわたしが気にもとめずすぐ隣を通り過ぎたのは…松岡君だったの?!
顔を見たかった…
あんなに大スターの隣を、チラッと見つつも、サラっと通り過ぎる女子高生いるだろうか…
あのときは、さすがに「見えていたらよかったのになぁ」「顔を見たかったなぁ」と思ってがっかりした。
母と電車に乗っていたとき、子役の女の子が目の前に座ったこともあった。
わたしは気づかない…。
友人たちは、あの街で有名な人を沢山見かけたそうだ。
きっと、今までにも、有名人をスルーして通り過ぎたこと、わたしならあったに違いない。
どうでもいいようなことかもしれないけれど、
こういうことに気づけないことは、そんなに深刻でもないけれど、当たり前にみんなが気づくちょっと特別なことに、わたしは気づくことが難しい。
気づけたらもっともっと楽しい気持ちになるはずだし、嬉しい気持ちになるはずなのにな、と思ってしまうのだ。
感動したいし、感激したい。
それが他の人より半分くらいの感動や感激なのだから。
女子高生のわたしは、しょんぼりしたのだ。
それでも。
見えなくても。
心に残るエピソードができたことは、やっぱりしあわせだといまなら思える。
スターの隣をクールに通り過ぎた女子高生。
これは、弱視があるわたしだからこその、とっておきのエピソードなのだから。
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