カウボーイからの、ウルトラマン
先週、「シン・ウルトラマン」観に行きました。
庵野監督と同世代の人間としては、ウルトラマンがまさにウルトラマンで、初めてテレビで見た子どもの頃の感情と好奇心が蘇り、実によかったです。震えましたねえ。
翌日、DVDですが「真夜中のカーボーイ」(あえて邦題は”カウボーイ”ではないそうです)を観ました。
1969年のアメリカ映画で、アンジーのお父さんであるジョン・ボイドとダスティン・ホフマンが主演をしています。この映画はそれまでの勧善懲悪、道徳善的英雄的主人公像、ハッピーエンドというアメリカ映画の典型を破り、時代の閉塞感やバッドエンドを全面に押し出した「アメリカン・ニューシネマ」の代表作の一つと言われています。
発表された時は賛否両論が激しかったそうですが、この年のアカデミー賞を総なめにしたことでも、この映画の衝撃が大きかったことがわかります。
物語はテキサスの田舎から、ジゴロにならんと息巻いてニューヨークにやってくるエセカウボーイと詐欺師のバディムービーで、60年代終わりから70年代にかけての空気感が実によく出ています。
そのワンシーンに、部屋のテレビがザッピングされるところがあるのですが、そこになんと「ウルトラマン」が一瞬流れるんですよ。
音声にはウルトラマンのテーマ曲が聞こえ、怪獣ガバドン、そして一瞬ジャミラが映る。びっくりしました。
そうか。
同じ時代だったし、テレビ番組「ウルトラマン」は輸出されていたんですね。ギレルモ・デル・トロ監督が子どもの頃にウルトラシリーズを見ていたというのは本当だったんだ、と。
「ウルトラQ」「ウルトラマン」「ウルトラセブン」の3つは、子ども心にトラウマとなるような回もありました。
シンプルな勧善懲悪だけではない、割り切れないものを、子供相手でありながらも、脚本家も監督は描こうとしました。それが、いまだに庵野監督をふくめた僕ら世代には拭い去ることのできない記憶となって残っている気がします。
「真夜中のカーボーイ」と「ウルトラマン」は、ともに「ニューシネマ」だったといったら、言い過ぎかしら。
でも目を向けたくない現実や事実に向き合ったからこそ、いまも評価されていると思えるんですよ。
「真夜中のカーボーイ」予告編