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バンコクに住む二人の日本人男性、佐藤と山田の物語。
タイ人と暮らしていない日本人男性と、タイ人と暮らしている日本人男性では、属している世界や接しているものが全然違うというお話です。
スクンビットとクロントーイの間(はざま)
第一章:二つの朝
バンコクの空は、いつもどんよりとした湿気に包まれていた。高層ビルが立ち並ぶシルム通りと、路地裏に広がるローカルマーケット。同じ都市に住んでいながら、全く異なる世界を生きる二人の日本人男性がいた。
・中村健一の朝
スクンビット・ソイ24のコンドミニアムで、中村健一は目覚めた。スマートフォンには既に十件を超える日本からのメールが届いていた。窓の外では、BTSの車両が高架を滑るように通り過ぎていく。
「おはようございます、中村様」
メイドのソムサックが完璧な日本語で挨拶をする。彼女は日系企業が運営するメイド派遣会社から来ていた。朝食は日本から輸入された納豆と味噌汁。テレビではNHKの衛星放送が流れている。
「今日の夕方は日本人会のゴルフコンペですね」
秘書からのリマインドメールを確認しながら、健一は高級スーツに袖を通した。
・木村誠司の目覚め
同じ時刻、クロントーイ区の古い住宅で、木村誠司は妻のナームプンと市場へ向かう準備をしていた。路地に響く僧侶の読経に合わせて、二人は手を合わせる。
「パー、今日はソムタムの唐辛子、もう少し減らしてくれる?日本人のお客さんが増えてきたから」
「でも、あなたはペッペッ(激辛)が好きでしょう?」
妻が冗談めかして言う。誠司の舌は既にイサーン料理に順応していた。
第二章:昼下がりの交差
健一が勤める日系商社の窓からは、バンコクの摩天楼が一望できた。会議室では、タイ人スタッフたちが英語で熱心にプレゼンテーションを行っている。しかし、健一の心には何か空虚さが渦巻いていた。
一方、誠司の屋台「バーン・キムラ」では、ランチタイムの喧騒が最高潮を迎えていた。
「アロイ・マーク!(とても美味しい!)」
常連客の言葉に、誠司は照れくさそうに微笑む。タイ語と日本語が混ざった独特の言葉で、彼は客たちと談笑していた。
第三章:偶然の出会い
その日の夕方、サイアム・パラゴンの食品売り場。健一は週末用の食材を探していた。日本食コーナーで手に取った調味料を眺めながら、ふと隣の棚に目が留まる。
「あ、すみません」
誠司と健一が同時に同じ商品に手を伸ばした。醤油を手にした二人は、互いの目に同じ懐かしさを見つけた。
「最近、日本の調味料が恋しくて」と誠司。
「僕は逆にタイの調味料を覚えたいんですけど」と健一。
二つの異なる世界を生きる日本人が、スーパーマーケットの棚の前で初めて言葉を交わした。バンコクの空は、いつものように湿気を含んで、二人の会話を優しく包み込んでいた。
エピローグ:交差する世界
その後、健一は誠司の屋台を訪れるようになった。誠司は健一にタイの市場の歩き方を教え、健一は誠司に日本人観光客の集まる場所を教えた。
二人は同じバンコクという都市に暮らしながら、まるで異なる人生を歩んでいた。しかし、その違いこそが、互いの世界を豊かにする鍵となっていった。
湿度の高いバンコクの空の下で、二つの世界は少しずつ、確実に交わり始めていた。
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