【横浜ベイスターズ夏の陣]「佐野の涙」は吹っ切れたか
横浜ベイスターズの佐野恵太選手は、“悔し涙”を流した8月6日からほどなくして、昨シーズンまでのヒット量産の姿を取り戻した。
8月15日からのヤクルト3連戦で、佐野選手は次のような成績を残したのだ。
<打数><安打><本塁打><打点>
8/15 4 3 1 2
8/16 5 1 0 2
8/17 5 1 1 2
計) 14 5 2 6
――ヤクルト3連戦の打率3割5分7厘、本塁打2本というのは、すごい数字だ。
今季は不振がつづき、これまでの通算成績は、打率2割5分4厘、本塁打10本、打点48。(※ヤクルト3連戦を含む8月17日試合終了後の数字)
しかし、8月17日の試合では、レフトを守る佐野選手が、フェンスぎわの大飛球を見事にキャッチするファインプレーまでをも見せてくれた。
ヤクルト戦直前の8月11~13日の巨人戦では、12打数1安打(本塁打、打点ともゼロ)という残念な成績に終わっていただけに、その躍進ぶりは光り、悲嘆にくれた姿はもうどこにもなかった。
佐野が好機に代打を送られるという「屈辱」
2023年8月6日、阪神との17回戦――。
7回裏、2-3でリードされていた横浜は、1アウト2、3塁と絶好のチャンスを迎えた。
打席には、この日、3番の打順を再び1番に戻された佐野選手が向かうはずだった。
☛☛☛この佐野選手の1番という打順は、三浦大輔監督による采配の最大の失敗だと思う。
ところが、場内アナウンスが、「バッター 楠本」と告げると、3万3千人余りの観客がいっせいにどよめいた。
佐野選手は、今シーズン2割5分7厘(本塁打8本)と低迷し、得点圏打率は2割3分1厘にあえいでいた。(数字は2023年8月7日現在のもの)
テレビ桟敷から毎試合欠かさず声援を送るわたしら(夫婦)だって、夏に入って凡退することの多い佐野選手のふがいなさに何度がっかりしたことか。
だとしても、2020年に首位打者、2022年に最多安打者に輝き、昨年暮れの契約更改では前年から6千万円増の年棒1憶7千万と高い評価を受けた選手だ。
また、ホームランを打ったときのチームを鼓舞するジェスチャー「デスターシャ」の発案者、それより何よりチームをまとめるキャプテンでもある。
結局、代打の楠本泰史選手も当たりそこねの内野フライに終わり、続く2番の関根大気選手も結果が出せず、この回は結局、無得点。
次の8回にもチャンスの場面を迎えたが、阪神の中継ぎケラー投手に抑えられ、この試合を含めた3連戦は全敗、ついに横浜はBクラスに転落してしまった。
――その深夜のこと。
わたしらは、例によって「プロ野球ニュース」(CSフジテレビone)、銀ネコパンチ矢澤さんのYouTubeチャンネルを見て、事の重大さに気づかされた。
佐野選手がチャンスの場面に代打を送られ、ベンチでうつ向き、その目には光るものがあった、というのだ。
「横浜 自力V消滅」と翌朝の新聞は書き立てたが、「佐野選手の涙」のほうが、はるかに話題をさらった。
「佐野の涙」……15秒間の沈黙
「佐野選手の涙」と書いたが、決して涙にくれたというわけではない。
白内障手術を終えて間もないわたしは、「プロ野球ニュース」の録画を一時停止して、じっと目をこらした。
すると、両眼が潤み、充血している感じで、正確には「涙を必死にこらえている」と言ったほうがいいだろうが、おそらくプライドを傷つけられ、屈辱を味わい、自らの不甲斐なさに情けなさを感じた……などなど、心で泣いていたにちがいない。
翌朝の朝日新聞は「目を赤くしてグラウンドを見つめていた佐野」と書き、スポーツニッポンは、<試合後、佐野は「僕より…」と言った後に15秒間沈黙。「監督の判断なので従うしかないけど、僕自身、悔しい思いがあります」と険しい表情だった>と伝えている。(両紙とも2023/08/07付)
この二つの記事は、代打を送られた、三浦監督の采配に対する佐野の悔しさや無念を伝えているが、朝日新聞も「非情な代打策不発」の見出しを掲げ、言外に三浦監督の失敗策をついている。
これは、担当記者としては、ちょっと勇気のいることだ。
あまり批判すると、監督、ひいては球団から嫌われ、コメントをもらえなくなる恐れがある。
そう、政治家の担当記者と同じ。
にもかかわらず、記事にした。
もしかすると、チーム内に監督・コーチたち首脳陣と選手の間に不協和音が流れていることを「佐野の涙」をテコに伝えようとしたのかもしれない。
いや、もっと言えば、「サンデーモーニング」に出演する落合元中日監督や「プロ野球ニュース」の解説者たちのほとんどが、開幕当初から三浦監督の采配に危惧をあらわしていた。
なかでも、横浜の監督を務めたことがある大矢明彦さんは、「佐野の涙」の試合解説でも痛烈に三浦監督の采配に疑問を投げかけ、楠本選手の代打不成功に続き、8回の1アウト1、3塁の場面で右腕のケラーに対し右打者の蝦名選手を代打に起用した作戦を同時に指摘し、左打者の楠本選手をこの8回に出すべきだった(つまり7回の好機には佐野選手を信頼して打席に送り出すべきだった)と、はっきりと言っていた。
これらはもう三浦監督に対する「疑問」ではなく、すべて「批判」とも受け取れる内容で、もはや怒りに近いものすら感じられた。
とくに、スポーツニッポンの記者は、佐野選手に代打を送った三浦監督の采配を「相手が嫌がるどころか楽にさせた」とまず書きだし、さらに「敵将の岡田監督が『ラッキーやと思ったよ。そら佐野を代えるんやから』」と三浦監督との格の違いを読者に印象づけている。
<追記>異常な暑さが打撃不振の原因か
佐野選手は、Aクラス入りのカナメであるはずの8月18~19日の阪神戦で、8打数1安打とふがいない結果に終わった。
わたしら素人のファンにはうかがいしれないことだが、佐野選手だけでなく、シーズン前半に好調だった関根選手、それに桑原選手(二度も肉離れを起こし途中離脱)たちもが打撃不振に陥ってしまったのは、猛暑日がつづく屋外球場での試合開催が原因ではないかと疑っている。
本拠地の横浜スタジアムは、真夏に行くと、夜になっても気温が下がらず、とても暑くて、うちわが手放せない。
それより暑いのが、一番は広島のマツダスタジアム、次に甲子園球場というのは有名な話だ。
気温が30度だったとしても、地表温度は40度という状態だそうだから。
ドーム球場だって、空調が利いているから涼しいかと言えば、そうでもなく、ピッチャーの首筋にはいつも汗が光っている。
ドームと屋外の球場を往ったり来たりするというのは、さぞかし過酷で、勤め人が冷房が利いた車内と熱風が吹くホームを乗り降りする際の疲労感……選手たちにとっては、はるかにそれ以上のものだと思う。
もちろん、横浜ベイスタの選手に限らず、いまAクラス入りでしのぎを削っている、阪神、広島の選手にしたって、同じような環境でプレーしている。
でも、さらに異常気象が続くなか、プロ野球の選手たちは、本来の力が今後も発揮できるのか、それが心配だ。
高校野球にしても、クーリングタイムの導入など避暑の工夫をこらしてはいるが、少子化やサッカー人気の上昇により少年野球人口の減少が危機感をもたれているけれども、地球温暖化なんて生ぬるい表現ではない地球酷暑化にこそ、夏の甲子園大会の主催団体である朝日新聞社は紙面でもっと訴えるべきだと思う。
いや、あまりに暑くて経営幹部の頭の動きも鈍っているのではないかもしれないが、韓国の社会派ドラマではないけれど、快適なハイヤーの移動とクーラーの利いた部屋で過ごす大企業エリートたちには、しょせん“馬の耳に念仏”だろう。
( 2023/08/19更新)