Jドラ【下剋上球児】その2 我ら観客は脚本や演出でなく、それらを身体化した俳優を観る
スポーツシーンは、もっとうまくだましてほしい
多くのスポーツドラマは、俳優たちのプレーがうわっつらをなでている演技にしか見えず、嘘(フィクション)なら嘘で、もうちょっとこちらをうまくだましてよ、という感じがいつもする。
日本の野球ドラマ(題名は伏せるけど)は明らかに代役を立ててプレーしているのが透けて見えてしまうし、リアルを追求する韓国ドラマでさえも、野球のシーンになると「刑務所のルールブック」(2017年)、「ストーブリーグ」(2019年)とも、リアルさでは拍子抜けするくらいだった。
それらの物語には感動するだけに、とても残念な気がする。
(「ストーブリーグ」のケガから復活した投手だけはよかった)
ただし、「瀬戸内野球少年団」(1984年)で映画デビューし、ここ数年、メジャーリーグの始球式に登板していて、闘病前は俳優さんたちの草野球チームで活躍していた渡辺謙さんのような野球経験のある役者さんを除いての話だが。
韓国の野球ドラマを超えた「下剋上球児」のリアル
では、今回のドラマ「下剋上球児」はどうかと言えば、これがリアル満点なのだ。
これまでの、韓国の野球ドラマを超えたような気がする。
野球部員12人のオーディション(演技と野球実技のダブル審査)に半年もかけて選考したそうで、なかには本物の甲子園出場経験のある若手俳優などもいて、実際の試合さながらの投球、守備、打撃を見せてくれる。
さらに、長打をかっ飛ばしたり、ホームにスライディングして得点するような劇的なシーンでは、アニメをミックスさせたり、テレビ中継の試合経過さながらに、スコア表を画面右下に表示したり、脚本もさることながら演出もサービス精神旺盛で、まるで本物の高校野球のプレーを見ているような気分になって、試合展開にもハラハラさせられた。
――これらもリアルでなくては、得られない感動だ。
ちなみに、TBS公式サイトによれば、外野手の頭を超えるような長打のシーンは、実際にバッターがヒットするまで何度も辛抱強くテイクを重ねたそうだ。
樹木希林さんは、出演作の決め手を「ギャラしだいよ」
話は少しそれるが、生身の俳優さんたちは、たくさんのオファーのなかから、何を決め手に、出演作を決めるのだろうか。
樹木希林さんは、NHKのドキュメンタリー番組で、「そりゃあ、ギャラよ。だからギャラは自分で交渉するの」とスパッと答え、樹木さん独特の合理的な考え方というかドライというか、その語り口は印象に残った。
たまたま知り合ったベテラン俳優に、ぶしつけを承知で、何を基準に出演する作品を決めるのですか、と聞いたことがある。
その俳優さんは、ちょっと考えてから、こう答えてくれた。
「演劇、映画、ドラマのいずれにしても、ホン(台本、脚本、戯曲)ですね。ホンを読んでから出演するかどうか決めます。完成していなければ、シノプシス(あらすじ)を手掛かりに考えます」
そう言えば、「タクシー・ドライバー」(1976年)で鮮烈なデビューを果たした名優ロバート・デニーロも、同じように「脚本を読んでから」と答えていたように記憶する。
観客は、演技している俳優しか観ていない
わたしのような素人観客に重要なのは、スクリーンやモニターに映る俳優たちの演技でしかない。
ストーリーの構成(起承転結)やセリフ、登場人物のキャラクターが設定された脚本はもちろん作品の面白さを左右するから重要なのだが、そればかりでなく、俳優から最高の演技を引き出す演出家(監督)、作品にハサミを入れて最終的に仕上げる編集者、撮影用セット、音楽、音響効果、照明、SFXとかVFXとかの特殊映像効果などを創作するスタッフの表現力も、<評価>の良し悪しに関係する。
観客が観るのは、それらのトータルな<総合芸術>なのだが、とりわけ俳優の表情であり、その演技(所作)に注目する。
「下剋上球児」の“四人衆”と共演陣の呼吸は
ドラマ「下剋上球児」でも、出演する俳優たちの演技が光っているから、最終回まで観てみたいと思ってしまう。
――横浜ベイスタのキャップをかぶっていた野球部部長の山住先生(家庭科教諭)役の黒木華、かつては高校のスター球児だった過去を隠し、しぶしぶ野球部監督を引き受ける南雲先生(社会科教諭)役の鈴木亮平、その妻で何やら過去に秘密があるような美香役の井川遥、地元の大地主で野球部の(甲子園と同じ砂を敷いた)専用グラウンドを造る犬塚樹生役の小日向文世――この四人衆が、実に役柄にはまっていて、それぞれのリアクションもいい。
また、バイ・プレーヤーと言うのもおこがましい松平健、生瀬勝久、明日海りおといった共演陣が脇を固めているというのもドラマに厚みを増している。
(その3につづく)