武田時宗・宗家独占インタビューについて29
武田時宗『武田惣角見聞記』を読む7
(承前)武田惣角氏は個人を目指した。私が古典派の武道家というのは、資本主義社会は多人数ということが必ず目標とされるのに反し、封建主義は個人を目標にするのが法則だからである。今日の我々はこれを前向きに個人の質という古典派のよさと、大多数という近代派のあり方を綜合した良質・大量ということを目標にするべきではなかろうか。
ともあれ、惣角氏は古典派の代表的武道家としては、是非学ぶべき偉大な先輩である。『武田惣角見聞記』は本誌に連載されると聞いたが、これは武道界のためによろこぶべき最近の快事である。(武田時宗『武田惣角見聞記』を読む-完)
「武田時宗・宗家独占インタビューについて」の4から29までは、「あまり交流はありませんでした。」に関する反証記事でした。時宗氏は、昔の記憶がなくなってしまっていたのでしょうか、それとも、編集協力者の大東流合気武道真武館・近藤勝之宗家代理のご意向だったのでしょうか。
なお、近藤勝之氏は「武田時宗・宗家独占インタビューについて」3で紹介した昭和47年8月13日に開催された「武田惣角先生三十周年記念 大東流合気武道演武大会」に参加しています。また、鶴山先生宛てに、昭和57年10月8日に行なわれた大東流合気武道東京総支部長近藤勝之氏の新道場道場開き並びに竣工披露の小宴の招待状が送付されています。
「1か条などの初心技はある程度教えましたよ。」
鶴山先生は、昭和47年2月武田時宗から合気柔術第三條の相伝を受けています。既述のとおり、時宗氏は鶴山先生の招聘で何度も東京を訪れ、指導を行なっています。時宗氏の認識では、それらはすべて初心技ということだったのでしょう。
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