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骨法の堀辺が来た(続)13

(承前)説明会に参加された武藤先生は『換骨拳入門』の小冊子を持ち替えられて、次のように語った。「これはひどい、鶴さんの本をそのまま裏返しているヨ、これでは“換骨拳”ではなく“換骨奪胎編(拳)”だよ」
(換骨奪胎:他人の作品にちょっと手を加えて、自分の独創的な作品であるように見せかけること)
武藤先生には『図解コーチ合気道』編さんの段階から、同書に関わっていただいた。様々なアドバイスをいただき、ゲラ刷りの段階から下読みするなど、同書の内容について熟知されていた。“換骨拳”がどのように“換骨編(拳)”に奪胎したかについては、この連載で自ずと明らかになる。

さて『換骨拳入門』の編者略歴によれば、吉丸貞雄(1931年生まれ)は・・・
昭和25(1950)年 上京 空手道修道館に入門、
               後 剛柔流泉武館 泉川寛喜師範に師事
昭和33(1958)年 泉川師の代稽古を務める
昭和36(1961)年 大東流佐川幸義宗範に師事
昭和49(1974)年 大東流八か条までの伝授を受ける 大東流代師範
昭和50(1975)年 大東流伝合気道として道場を開く
昭和51(1976)年 換骨拳堀辺一夢宗家との勝負に敗れ、
          総てを捨てて一夢宗家の門に入る

とあるが、現在、同氏は双気道宗家を名乗っている。

補足説明:2001年に発行された吉丸慶雪著『合気道の奥義』の著者略歴によれば
昭和36(1961)年 縁あって正伝大東流合気武術宗範・佐川幸義先生に師事
                                 する。直伝八元、奥伝四段
昭和51(1976)年 考えるところあって佐川道場を辞去。上海十傑の一人
                                  丁金友老師他に陳式太極拳を学ぶ(以下略)
平成6(1994)年   山本角義伝大東流合気柔術を学ぶため、同流教授代理
                                 佐藤金兵衛先生に師事する
平成10(1998)年   大東流合気柔術教授代理を免許される
とあります。(続)

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