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土方二百人と惣角一人の大喧嘩5

「生意気な奴め!」
と、その一人が惣角の胸ぐらを掴んだ。前後左右にも印ハンテンの若衆博徒が、見物する土方たちに強いところを見せようと、侍姿の小男の退路を完全に塞(ふさ)いだ。敵対行為に出られたと肌で感じた惣角は咄嗟に肩に引き担いでいた撃剣道具を胸ぐらを掴んだ正面の大男に投げかけた。
その時間は、瞬間的本能反射によるもので、衝動的な行為であった。ところが、運の悪いことには、仕込み杖の鞘がパックリと割れ、刀身が一瞬にしてむき出しとなり、男の左肩上から撃剣道具の重みであっと叫ぶ間もなく深く斬り下げていた。刀身は備前長曽祢虎徹(ながそねこてつ)二尺三寸の銘刀だった。血が飛び散ってその怪我もまたひどかった。数人が驚いて逃げたが、そこは博徒の掟、集めている土工たちへの見せしめもある。徹底した団結と残忍さを飯場の規律のシンボルとした集団である。たちまちのうちに、津波の広がりの如く他の飯場にまで波及し、浪人崩れの用心棒たちも、組の若い衆の護衛にと、思い思い長短凶器を持ち寄って惣角をぐるりと取り囲んでいった。現代では考えられない、仲間内で殺人暴力が平然と許され、そこには警察さえも手がつけられない程の威力を持っていた時代の博徒たちである。

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