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塩田剛三先生の武勇伝(中)

(承前)ことに敗戦国の者として戦勝者に何ら手出しできずに泣き寝入りすることがあるとは聞いているが、目の前の事件で同胞人として憤りを感じた塩田先生は人垣をかき分けて交番内の警察官に聞いた。
「なぜこのような事件なのに逮捕しないのですか?」
「警察も進駐軍の将兵には駄目ですよ。我々が独断では手をつけかねるのです。MP(Military police:憲兵隊)が来てくれれば……」
MPを待つといっても、その間に黒人兵たちはどこかへ行ってしまうかも知れない。
「それでは私が彼らを捕まえてもよいか、MP本部に問い合わせて下さい。」
警察官は、5尺2寸13貫(157.6cm 48.7kg)そこそこしかない小柄な塩田先生を見て受話器を持つのをためらっている。
「君、早くしないと逃げてしまうよ!」
納得しきれない目つきで、それでも市ヶ谷のMP本部と連絡をとり
「すぐに行くが、どのような方法をとって逮捕しても良い。」という返事をもらった。
塩田先生は早速黒人兵を追った。その後を当の警察官(当時の事情でピストルは持てない)が警棒一本を握り締めて、恐る恐るついてきた。それからズーッと遅れて野次馬が遠巻きに来る。
黒人兵は、一人はウイスキー瓶をラッパ飲みに、一人はピストルで辺り構わずズドン・ズドンと撃ちながら商店街を歩いている。商店は皆雨戸・鎧戸を下ろして無人の境を行く如くであった。(続)

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