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別式と大東流

女性の公式な武芸指南役がいたなど、全く知りませんでした。これに関する鶴山先生のメモです。

別式(べつしき)とは、大名の奥向き(正室や側室が住む所)にいた女性の武芸指南役のことである。
仙台の伊達家には10人、尾張徳川家には6人、紀州徳川家には4人、姫路酒井家、熊本細川家、薩摩島津家、加賀前田家は同じく4人、水戸徳川家、長州毛利家等が3人、将軍家大奥には12人であったという。なお、大奥女中の定員は本丸大奥が250人前後、西の丸大奥が7~80人で、女中の使用人を含めると3,000人にもなったようだ。
さて、懐剣術は奥女中の必修技法であったが、別式とは違うものである。別式は、なぎなた・剣術・小太刀等を使った。大東流の懐剣術は懐剣操法と対懐剣の技法に2分され、懐剣操法では、初伝が懐剣対太刀などで基本操法を学び、中伝は懐剣対懐剣などで入身・転身のことを習得し、奥伝では髪挿(かんざし)之事という、いわゆる二刀捌(右手:懐剣、左手:かんざし)を教えているのである。
将軍家御指南役の新陰流兵法、徳川家剣術指南の小野派一刀流いずれも当時は、男子が習うべきものとされていたため、これらと区別するため「別式」と称した。大東流が御式内というのも同じ意味であろう。佐川氏が御式討と表記したが、これはおかしい。敵を征伐する「討」は用いない。

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