小野派系と江戸柳生系の違い(上)
鶴山先生メモの頻出テーマの一つです。先生は、このことに関しては様々な視点から説明されていますが、本メモもその内の一つです。
植芝盛平と久琢磨が習った技法と、その他の大東流関係者の技法は根本的に違いがある。すなわち、前者は江戸柳生系合気柔術と呼ばれるもので、後者(時宗・堀川・佐川…)は小野派系柔術とこれを簡易化した合気柔術なのである。また、盛平と久の技法にも違いがある。それは武田惣角が久に「盛平より先の技を教える」として教伝したものだからだ。久は惣角にどのような技法をやっていたのかを見せ、「最初から教えて欲しい」と申し出たが、惣角は「あれでよいのだ」と言ったきりであった。
久は自分が習った技を区分して記録整理(総伝11巻のこと)していた。秘伝の写真に説明がなかった部分(第6巻のこと)について小生(鶴山先生)がタイプして琢磨会事務局の森氏に送っている。
小野派系柔術(簡易化した合気柔術を含む)と江戸柳生系合気柔術の違いはその哲学観にある。すなわち、九字印と十字印の違いである。小野派系は縦5横4の9本線、密教修験道であり、江戸柳生系は九字に目的に応じた1字加え、増強した縦横各5の10本線、禅宗なのである。言い換えれば、まず体を使った修行から入るか、論理的に修行するかの違いなのである。
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