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私のサッカーノート/#9 倉谷 也海(関西第三代表 姫路獨協大学)

①サッカーとの出会い
私がサッカーに出会ったのは小学1年生です。
2人の兄の影響でサッカーを始めました。
小学校6年間は男子のチームに所属し、女子は1人だけでした。男子の中でサッカーする為に、両親に練習に付き合ってもらったり、サッカースクールに通い、とにかく基礎練習を沢山したことを覚えています。
中学生になり、当時チャレンジリーグに所属していたチームに加入し、社会人の選手と共にプレーさせてもらい、そこで様々な戦術を理解させてもらいました。
高校では常盤木学園高校に入学し、サッカーが上手すぎる先輩達に出会い、とにかくサッカーが大好きな選手たちと共に3年間を過ごし、本当に成長できた3年間を過ごしました。結果だけが認められる厳しい世界に自ら飛び込んだ3年間は、嬉しいことより、何倍も苦しいことの方が多く、悔しい思いばかりでした。しかし結果以上に得たものが多くあり、上手くいかない事も含めて、サッカーが楽しい!と思うようになりました。
サッカーのおかげで仲間ができ、友達ができ、沢山の大切な方々に出会うことができました。サッカーとの出会いは、同時に沢山の方々との繋がりを生んでくれたと思っています。

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②大学生活と大学サッカー

大学生活はサッカー、授業、アルバイトと充実した毎日を過ごすことが出来ています。これまでとは異なり、自由な時間が多く、自分の為に時間を使える事が大学生の良い部分だと思います。授業ではスポーツについて学んでいます。
ゼミの授業で様々な試合の公式記録からデータを出したり、結果を比較する中で、より深くサッカーを知ることができ、その学びはプレーにも影響を与えていると感じています。
サッカーでは毎日チームの仲間と切磋琢磨し合い高めあえる環境でサッカーが出来ています。インカレの目標はもちろん優勝ですが、まずは2年前、先輩達が連れていってくれた西が丘の景色をもう一度見られるように、毎試合全力で戦い抜きます。個人的には大学4年間の集大成として常にチームの勝利に貢献し続ける選手でありたいと思います。そして何よりこの仲間と戦える最後の大会を楽しみます

③将来のビジョン
将来のビジョンは明確にはありません。私は大学を卒業してもサッカーを続けることを選択しました。今年はコロナウイルスの影響で思うようにサッカーが出来ず、これから先のことを考えた時、大学卒業と共にサッカーを辞めようという選択を考えていた時期もありました。悩みに悩んだ中で沢山の人と話したり、相談する中でサッカーをする選択に決めました。今しか出来ないことを一生懸命やってみようと、自分の直感を信じてみたいと思いました。女子サッカーの環境は決して良いと言えるものではないと思います。それが原因で続けたくても辞める選択をしてしまう選手も少なくはありません。私はどんな形でも女子サッカーの環境が良くなる為に何かを残せるような人でありたいと思っています。現役で続ける間はもちろん選手として魅力を伝え続けます。そして引退後にも、何らかの形で女子サッカーがメジャーなスポーツになり、女子サッカーの環境が良くなる為に行動出来る人でありたいと思っています。サッカーを通して多くの出会いがあり、その出会いが今の自分を作ってくれました。なのでそんな方々への感謝を忘れず、恩返しが出来るぐらいの自分へと成長していきたいと思います。そして自分が楽しい!と常に夢中になれる将来を築いていきたいです。


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