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カポエラスイッチ 第14話

「本当に、撃つのか」

「現在時刻は午後三時。あと三時間で飛行機の燃料が切れて、タイムリミットを迎える。すぐに始めよう」
「ぶっつけ本番だな」
「力を合わせて世界を救うんじゃ!」
 皆が静かに見守る中、水耕が俺の手首を握った。一瞬の硬直の後、だらりと脱力してテーブルに伏した。彼の意識は南シナ海上空に飛んでいった。
 続いて、本郷が両指で作った円を水耕に向けると、異次元空間の窓が開き、トグロマグマ店内と薄暗い機内がつながった。窓にはスラックスを履いた男性の脚が映った。座席に座ったまま下を向いている視界だ。
「狭くてよく見えんな。本郷、この画面はもっと大きくできないかの?」
 愛娘が、本郷の背中に触れた。
「パパ。この人に両手の中指を合わせて頭の上で円を作るように伝えて」
 言われた通りに伝えると、本郷が頭の上で丸を作るポーズを取った。本郷の窓には解像度の高い大きな景色が映し出された。
「よかったー!これで狙いやすくなりましたー!」
 早速、電波が電波砲を構えると、愛娘が制した。
「待って、電波さん。まだ目標が確認できていないわ」
 水耕の意識が入った視界の主は、着席したまま俯いているため機内が見渡せない。俺は寝ている水耕の耳に近付いて声を掛けた。
「水耕、意識はあるか?俺の声が聞こえていたら親指を立ててくれ」
 俺の呼び声に応じて、機内の男性は親指を立てた。
「よし、水耕はそやつの中に入っておるな」
「そこからさらに意識を飛ばせるか?通路を歩いているハイジャック犯に乗り憑ることはできるか?」
 水耕は男の体を操作して、中指を立てて拒否した。
「おい!この後に及んでふざけないでくれ。戻って来たら全部奢るから」
「水耕さん、お願いしますー」
 電波が声色を作っておねだりすると、本郷の窓にノイズが走って視界が切り替わった。
 座席の乗客よりも目線が高く、機内を見渡せる。拳銃を手に歩いているハイジャック犯の一人に乗り憑ることに成功した。
「水耕さんって、何気にすごい能力者ですよねー。目覚めたばかりの憑依能力を完全に使いこなしてるし。あっ、そうですよ!乗り憑った体を動かせるなら、このまま犯人に同士撃ちさせればいいんじゃないですか?」
「ダメだ。銃撃戦になったら、妻に当たるかもしれない」
「それよりもまずは、状況の把握っす。犯人の人数と位置は分かるっすか?すみません、自分の頭の後ろに窓が開いてるので、何も見えないっす」
 両手で大きな円を作り、皆のモニターとなっている本郷が背中越しに言った。
「さすが元自衛官じゃの。ふうむ、進行方向には誰もおらんな。水耕、ちょっと振り返ってくれ」
 庵寺の指示を水耕は無視した。やれやれと庵寺が電波に目配せをして頼んだ。
「水耕さーん、お願いだから、振り向いてー。ね?」
 ハイジャック犯がゆっくりと回れ右をした。バラクラバを被った男が機首に近い通路に一人、反対側の通路後方にもう一人見えた。
「少なくとも三人か」
「どうする?撃っていーの?とりあえず、あの二人撃っちゃう?」
「待つんじゃ、電波嬢。そろそろわしの出番じゃろ」
 庵寺が、カウンター席でうとうとしていた幽霊猫を抱き上げた。両足をぶらんとさせたまま、タイガーは耳をピクピクッと動かした。
「乱暴に扱わないで」と、愛娘が文句を言った。
 庵寺は、よいしょっと、タイガーを本郷の窓に放り投げた。
「行ってこい、カポ妻のところへ!」
 タイガーが機内の通路に着地した。妻が見つかれば、本郷の窓からこちら側に連れて帰れるかもしれない。
 だが、そう思い通りに事は運ばなかった。タイガーが水耕の視界から外れてしまった。
「水耕!足元の猫を目で追ってくれ!」
「水耕さんは幽霊猫が見えてないんじゃない?俺にも見えてないし」
 店長が煙草の煙を吹き出して言った。
「オーマイガッ!わしの見せ場が!」
 ハイジャック犯は通路の奥まで来ると、ドアを開けてトイレに入った。
「この人、トイレに行きたかったのね。見たくないなー」
「ミッションの最中にトイレとは、とんだ素人っすね。普通、漏らしてでもそんな隙を作らないものっすよ」
 犯人は内側から扉の鍵を掛け、手袋を外してバラクラバを脱ぐと、水道水で顔を洗い始めた。
「顔を洗ってるよ。暑かったのかなー?」
 ハイジャック犯は、トイレの壁鏡に寄り掛かるように手を付いた。アジア人の女だ。濡れた手で髪をかき上げると女の顔が映った。 
「……カナエ?」
 俺の妻、手嶋カナエだ。カナエがハイジャック犯なのか?
「撃って」
 愛娘が電波に命令した。
「何を言うんだ?ママだぞ?」
「電波さん、早く撃って」
「うん、撃つよー。でも、どうやって撃とうかな」
「窓から手を伸ばして。心臓を狙えるわ」
「了解ー」
 電波は愛娘の言葉に従う。妻を殺すことに躊躇いがない。
「ダメだ!」
「おじいちゃん、パパを押さえて」
「合点じゃ」
 庵寺が俺を拘束しよう纏わりついてきた。
 電波砲を構えた腕が、本郷の背中から巻きついて、窓に挿入された。
 窓の向こう側に現れた腕は肘から折りたたまれ、電波砲の銃口はカナエの左胸に突き当てられた。眼前から突然出現した腕に、カナエの全身は固まった。
「撃って!」
「やめろ!!」
「バンッ!」
 電波の発声とほぼ同時に、俺は本郷に体当たりをした。本郷は、首に絡みつく電波と重なったままフロアに倒れた。
 本郷の両手の指先が離れ、窓が強制的に閉じると、骨肉を断ち切る硬く鈍い音と共に、鮮血が飛び散り、電波の叫びが店内に響いた。


#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

【カポエラスイッチ 目次】
第01話「プロローグ」:https://note.com/juuei/n/n7880bd39740a
第02話「愛娘とプール」:https://note.com/juuei/n/nfbaaedc8834f
第03話「教室、廃業」:https://note.com/juuei/n/nd97c69d0937e
第04話「ハイジャック」:https://note.com/juuei/n/n190dfdfc128a
第05話「妻は、どこに?」:https://note.com/juuei/n/ndd18ccb14c7f
第06話「トグロマグマ」:https://note.com/juuei/n/n14a7884db4fa
第07話「三庵寺」:https://note.com/juuei/n/nd9c2ea1951f0
第08話「超能力」:https://note.com/juuei/n/n5b2a9cc920fc
第09話「見えない、JK」:https://note.com/juuei/n/nf41bd6adbe0e
第10話「能力、開花」:https://note.com/juuei/n/n9f0acf63b57f
第11話「電波砲」:https://note.com/juuei/n/nd410e71f1a4e
第12話「犯行声明」:https://note.com/juuei/n/na30bf186cac5
第13話「Netflixの見過ぎ」:https://note.com/juuei/n/n8db9f11e2e7a
第14話「本当に、撃つのか」:https://note.com/juuei/n/n2024e7fc7c82
第15話「カナエ」:https://note.com/juuei/n/nd70dc3f025d8
第16話「スイッチ」:https://note.com/juuei/n/nb16dea34d890
第17話「エピローグ」(最終話):https://note.com/juuei/n/n7271740ff234

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