歴史が繰り返される観点からのトランプ現象【誰が愚者か?それとも賢者か?】
皆さん、こんにちは
お元気ですか?
私はラスベガスに住んでいます。
アメリカに約30年も住んだ経験から、不肖ながら私が何かシェアできればと思い書き綴っています。
あと2週間で長い夏休みが終わります。
5月の初めから8月の初めなので、約3か月です。
現在の日本はどうなのかわかりませんが、夏休みの自由研究みたいなものはなく、一日自由にしています。
子供たちは友達の家に遊びに行ったり、また、私が時間があるときはキャンプ場や自然に連れて行ったりと何とか今回の夏休みはしのぎました。
親としても楽しいですが、3人の小学生の子供を持つ親は大忙しです。
子供の夏休みの後で、親のための夏休みが欲しいくらいです。
アメリカに住んでわかることは、自由をどのように理解し、その自由をどのように活用するかで人生が大きく変化することです。
人生を棒に振る人もいるし、人生に花を咲かせる人もいるし…
西欧的な発想でもありますが、東洋文明にももちろん必要であり、この自由をどのように謳歌するかが現在の世界中の人々にとってとても重要な課題であると思います。
日本は神道、仏教、そして儒教の中で作られた一つの社会規範の中で物事を捉え、自由に発想しようとします。
しかし、西欧やキリスト教的な発想はその社会規範があまりないので、自由は束縛されないものであり、尊重されるものという考え方です。
東洋でも中国や韓国はこの様な思想に近くなりつつあるのではと思います。
儒教の教えの抑圧からの反動なのでしょうかねぇ。
この自由をめぐっての歴史的な西欧の戦いが歴史的にずっとありました。
それが、ルネサンスです。
啓蒙思想や宗教改革です。
宗教改革は、1517年です。
これは今から1517年の約500年前のころの出来事です。
私がいくつか英訳に失敗している言葉がいくつかあるのなぁと思う言葉の一つが、啓蒙思想です。
Enlightmentと英語では、表現されます。
明かりがともされたというような意味です。
つまり、神からのインスピレーションが与えられたとか、神からのギフトとして新たな考えが浮かんだとかという意味合いです。
ですから、西欧的な考えとして、Enlighrmentされてない人種や民族はSavega(野蛮人)で、愚かな人種だから優越人種の人々は何をしてもいいし、当然であるとの考えです。
ちょっと話がずれそうになってきたので戻します。
このインスピレーションから、何が始まってこのルネサンスに至ったのでしょうか?
大きなものの一つは、印刷技術の革命です。
グーテンベルクの印刷技術が、聖書の大量出版を成功させ、当時の多くの人々に配布されました。
これはつまり何かといえば、表現の自由や言論の自由が解放されたのです。
これは大革命でした。
王族やカソリックのヒエラルキーで構築された聖職者たちへの畏敬は完全に崩壊へと進んでいきました。
彼らは、神に近い優越な存在などではなく、一般庶民と変わらない部分も多く、神は平等に直接導くので、王族や聖職者たちは不必要であるとの考えが常識となっていきます。
これは本当に大きな技術革命に伴う、国家の体制の崩壊であり、革命でした。
この宗教革命は、単なる宗教の革命に治まらず、政治にまで発展していきます。
それが最終的に、カソリックとプロテス単の戦争にまで発展し、1648年のウェストフェリア条約で一応治まっていきます。
それから何百年もかけて、自由を求めて、アメリカの独立革命やフランス革命が起きるも、現在でいうグローバリスト、ディープステイトなどの王政が再び権力を取り戻そうとするウィーン会議など様々な紆余曲折を経て、国家が形成されていきます。
それに伴い、帝国主義の侵略、第一次大戦や第二次大戦、そして冷戦から現在に至ります。
ここで忘れてはいけないのが、これらを後押ししていったブルジョアジーたちがいたことです。
あまり、歴史を好きでない人もいるから現在に置き換えてみることにしましょう。
最近の技術革命のインターネットの普及が始まったのは、1990年代です。
現在は携帯を持つようになり、生活が激減しました。
これによる情報の交換もとても早くなり、様々な権力者の悪行や愚行などが簡単に暴露されていきます。
もちろんフェイクの情報も飛び交い、結局今までのエスタブリッシュメント(既存の政治家や権力者)は必要ないと思うことができるようになりました。
これがまさにネットを使った政治戦略で大成功しているトランプ現象です。
エスタブリッシュメントとの戦いは、私たち一般人にとってとても重要な戦いです。
西欧的な考え方であれば、Enlighrmentされてない連中は愚かだから貧しかろうが、不幸であろうが、そんなの関係ねぇって考え方です。
これは自国民だけでなく、世界中の人々に向けての発想です。
つまり、日本に向けても同じです。
同盟国何って関係ねぇって発想です。
これは、ギリシャ・ローマ文明時代から根深くある西欧文明の考え方の一つであると思います。
つまり、アメリカの歴史はたかが260年の若造で大したことねぇと思っているヨーロッパ人や中国人、そして日本人などが知るべき智慧です。
アメリカは西欧文明の終結した国家であり、思想的には約2500年以上の古い歴史を持っています。
形状だけを見れば、1776年に建国された国家で、日本の神武天皇の建国当時と比べれば全然若いのですが、そのように考えてしまえばアメリカを知ることはないでしょうし、戦後の日本人というレッテルを剝がすことはできないでしょう。
私たちが賢者であり、歴史が繰り返されるのは私たちが学ぶべきことを学びきれてないからであると思えるならばこのトランプ現象から西欧的な紛争の歴史を理解し、国際的な目を向けて、将来を考えるべきなのではないでしょうか?
これから起きる政治的な局面、経済的な局面などはまだまだ右に触れたり、左に触れたりと右往左往していきながら、様々な国家の興亡があり、多極化の政治と経済が進んでいくのでしょう。
しかし、私たちが歴史を通して学ばなければいけない課題があると私は個人的に思っています。
それは、「本当の自由」とは?という価値付けと定義などなどです。
これは特に将来の子供たちのとても重要な勉強だと思っています。
学校の勉強よりもとても重要です。
規範があっての自由は、とても重要です。
自由すぎるアメリカでこの規範というものがなかなか教えてあげられません。
自由は、ユニバーサルなものでありますが、このユニバーサルもただの多様性がある代名詞ではありません。
科学者ならばさらによくわかるはずですが、宇宙のあらゆるものは規範の中で存在しています。
出なければ、様々な物理や化学で解明されてきた法則というものは存在することができません。
ネットの世界がさらに進み、バーチャルの世界へと展開されていきますが、西欧的な価値観の中でも人間としても古今東西問わず理解されるべき規範というものがあります。
それを私たち大人や親たちが理解していないと善悪とユニバーサルなものを混同してしまいます。
日本的な価値観としては、寛容な価値観があり、ユニバーサルなものもすべて受け入れてきました。
しかし、善悪とユニバーサルを両方理解できるような思想的な価値観がなければ、これからの様々な社会問題や教育の課題に対処できなくなってしまいます。
アメリカは、これに失敗してしまったので、不信の世の中です。
多様性の社会が社会不信を深めていきます。
私自身、それに影響されていくのがよくわかります。
賢者として、本当の自由とは何か?
突き詰めて、体験して、次世代へつなげていきたいものです。