「本当の旅」感想

静かに、ねぇ、静かに
本谷有希子

「本当の旅」「奥さん、犬は大丈夫だよね」「でぶのハッピーバースデー」の短編三本。

2019年の舞台「本当の旅」を観た後に「本当の旅」だけ読んで残りの2本を放置していたことに気づいて、読みました。

「本当の旅」
舞台を先に観たので舞台のイメージが先行しています。
アラサーの男男女、ハネケン、づっちん、ヤマコが本当の自分を探してシンガポールを旅する話。
アラサーの男男女の性別を超えた友情、バックパッカーの旅、堅実な職ではなくクリエイティブあふれる仕事、それらへのアンチテーゼというか。
キラキラな人生を送っているはず、友達はイカしているはず、イカしている友達を持つ自分は最高なはず。
けれど実際は、定職に就けず、学生気分の友人たちと自他境界も曖昧なまま、自覚のない選民意識と排他的思想の元で他者を見下している。
無意識下ではその事実に気付いている。しかし傷つきたくない幼い本能がそれを隠し、年をとっても若い(幼い)行動を取ることにプライドをかけている。

ベッドの上でだらしない姿勢をしている僕を見た瞬間、その隣で可愛い【はずの】ヤマコが黒ずくめのおばさんに成り果てているのを見たとき、

「その光景を見た瞬間、ズゴッ、という何か重たいものが外れるような音が僕の頭の中に響いた」

このシーン、背筋がゾクッとしました。
実際にはこういう人たちいるよな、というより、私もこういう感覚に蓋をして生きているんじゃないかと思い当たり、身につまされました。

三人は結局、自他境界が曖昧なまま破滅へと向かってゆく。
怖かった。
いつか来る私の未来のようだった。

舞台は役者さんがそれぞれの役を演じるのではなく、役の中の人が入れ替わり立ち替わり代わっていく。ひとりの役者さんが複数の役を演じられるのは見たことがあったけど、ひとりの役を複数人が入れ替わっていくのは初めてで驚きました。
話が進むにつれて、三人の自他境界の曖昧さ、同調欲の現れなのだと気付いた時は、テンションが上がりました。最高の演出でした。

「奥さん、犬は大丈夫だよね」
好き。
現実の犬が普通に大好きなんだけど、創作で犬を気持ちの悪い舞台装置として使う小説が好き。

「でぶのハッピーバースデー」
抜歯の描写も、デブで不器量で愚かな人間の生活の描写も、旦那が毛布を引きずる描写も、ずっと気持ち悪くて大好きでした。
ダークサイドに落ちた人間でもこの世界で生きていていいんだと思えるので、本谷有希子の作品は大好きです。

最後、食べ残しのステーキとワインで祝杯をあげるふたり、今後も人生の最低ラインを漂いながら生きて欲しい、


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