
乙一『大樹館の幻想』レビュー
著者:乙一 | 出版:星海社 e-FICTIONS
乙一初の「館もの」ミステリーとして話題の本作『大樹館の幻想』。タイトルや設定から伝わる不穏な空気感と、物語を貫くファンタジー要素が特徴的な作品です。大きな樹を中心に設計された洋館・大樹館を舞台に、主人公・穂村時鳥(ほむらほととぎす)が遭遇する不思議な出来事を描きます。
あらすじ
時鳥は、小説家であるご主人様が設計した「大樹館」で住み込みの使用人として働く女性。幼少期に父親を建設事故で失い、その後母親の無理心中を生き延びたという壮絶な過去を背負っています。
そんな彼女に突然、お腹の中にいる胎児だと名乗る声が語り掛けてきます。
「おかあさん、逃げてください。大樹館は炎にのまれて焼け落ちてしまいます」
胎児からの未来への警告を受けた時鳥がその運命を回避しようと行動を起こす中で、大樹館を舞台に数々の事件が発生。彼女の決断によって未来は変わり、胎児も知らない未知の出来事が連鎖的に起こり始めます。事件の真相を解き明かし、大樹館の秘密に迫る物語です。
「館もの」としての評価
本作は「館もの」として紹介されていますが、一般的な密室ミステリーとは少し異なります。館そのものが持つ謎めいた雰囲気は十分に描かれていますが、推理要素よりもファンタジー的な演出が目立ちます。
例えば、未来からの警告を行う胎児の存在や、登場人物の中に幽霊が見える人がいるといった要素が、物語全体に幻想的な空気感を漂わせています。事件の真相もリアルな論理よりは幻想的な展開が優先されており、「館ものミステリー」としては少々物足りないと感じるかもしれません。
魅力的なポイント🔥
乙一らしい世界観
乙一作品ならではの繊細な描写と不気味さが際立ちます。登場人物の心理描写や幻想的な大樹館の設定が、読者を物語の中へ引き込みます。
不思議な設定
未来の胎児からの警告という独特のアイデアが、新しい視点でのミステリーを提供します。一般的な推理小説とは一線を画す仕掛けが特徴です。
時鳥のキャラクター
主人公・時鳥の冷静で感情を表に出さない性格は、浮世離れした館の住人たちと調和し、物語に独特の静謐さをもたらしています。
惜しい点
館の全体像が不明瞭
物語の中心である大樹館の詳細な見取り図がないため、読者が館の構造や配置をイメージしづらい部分があります。
ミステリー要素の弱さ
ファンタジー的要素が強いため、純粋な推理を楽しみたい読者には物足りない印象を与えるかもしれません。
総評
『大樹館の幻想』は、「館ものミステリー」としてはやや弱い部分があるものの、乙一ワールドならではの幻想的な雰囲気や緻密な描写を楽しめる作品です。
ミステリーとしての緊張感よりも、非日常的な設定やキャラクターの心理描写を味わいたい人には刺さる一冊でしょう。乙一作品が好きな読者には特におすすめです。
おすすめ度:★★★★☆(4/5)
ファンタジー要素の強いミステリーが好きな方、乙一ファンには間違いない良作です!
この本を読んだ人におすすめの本