借金の話②#1 病気のせいで浪費を抑えられず、永遠に終わらないカードローン地獄
さて今日から暫くは、
②病気のせいで浪費を抑えられず、永遠に終わらないカードローン地獄
についてのお話 #1
⒈借金の総額
この話は、私自身の体験。
総額は多分200万円弱だったか。
あの頃は頭がおかしくなっていたから、色々と正確な数字は覚えていない。
消費者金融のカード2枚と、クレジットカードのリボ払い、クレジットカードのキャッシングの返済に追われて、借りては返し、借りては浪費の借金地獄だった。
⒉事の始まり
もともと精神的な病が潜んでいた私。その片鱗は子供の頃からあったが、顕著になってきたのは、19才の頃だ。症状としては、摂食障害が見え隠れし始めた。
社会人になり、世界が広がり、さまざまな経験をする中で、プラスの経験意外にもマイナスの経験も重なり、心を病み(この辺の話は別のトピックにて)、26歳ごろに、双極性障害と診断された。
一人暮らしをしていたから、食生活が乱れ、過食嘔吐の為に、まず食材の買い込みにお金が掛かるようになった。
少し背伸びして良い物件に住んでいたから、余裕のある暮らしとは言えなかった。
病状は悪化していき、車の事故を起こし、厳密には自殺未遂をするのだが、これをきっかけに、当時付き合っていた神のような彼氏に助けられて、一緒に暮らす事に。
この頃は、病状が悪化し、仕事に支障が出始めていたので、休職となり、手取りは傷病手当金の12万円になってしまった。
とは言え、12万円のうち、5万円だけ家賃や生活費の私の負担分として彼氏に渡し、あとは自由に使えた。
仕事もせず一切の活動を休止した私は、彼氏以外との接点がなくなった。
最初は心の休息ができて良かったのだが、彼氏に捨てられるのが怖くなり、仕事もない自分に残された道は、キレイでいる事、捨てられないように彼氏の好みの女でいる事を死守するしかないと思うようになっていった。
病気末期の頃は35キロしか無かった体重は、彼氏との平穏な生活で42キロまで戻っていた。だがそれが逆に太った自分と言う歪んだ認識を加速させた。
⒊エステに通い始める
傷病手当金しかないのに、隠れてエステサロンに通うことにした。
コースは、痩身エステで、30万円とか40万円とか、回数や痩身を施す部位の数、通う期間でいくつかのコースがあった。
まとまったお金のない私は、クレジットカードを使い、いつの間にかリボ払いに変更し、それでも足りないとキャッシングをする生活に既になっていた。
返済が滞りそうになった私は、まずはアコムだったか、審査の緩い消費者金融で審査を受けることに。この時はまだ仕事は辞めていなかったので、意外と簡単にカードが作れた。上限は50万円だった。
痩身エステに通い始め、こそこそと過食嘔吐の食材を毎日買い漁り、時にはファミレスで大量に注文して、トイレで吐いた。不安に駆られると家出をしてホテルに泊まり、謎の行動が増えていった。
4.ホテル生活
結局彼氏との暮らしの中では、健康を気遣われ、食べないという選択肢は取れず、ダイエットに集中できなかった。
摂食障害は恐ろしい。止まらない食欲が爆発する時は、過食に走り、すぐ嘔吐。普段は絶食に近い状態で、身の回りの人を心配させる。
彼氏は、私の事を太っていないと言うが、自分では自分が醜く思え、食べ物の誘惑のない、隔離された空間で、こそこそと断食をしたいと思うようになった。
アコムの50万円では足りず、三井住友銀行のカードローンに手を出す事にした。上限は100万円だった。
借金の恐ろしいところ。ローンカードを手にした瞬間に、ローンの上限額まで、自分がお金を持っている感覚に陥る。
早速摂食障害の治療の為に施設に入る、とか何とかよく覚えていないが彼氏に伝え、ホテルを予約。
品川のプリンスホテルのメインタワー、上層階のランクの良い部屋を、10日間くらい借りてのロングステイ。
当時は今ほど高くなく、一泊2万円いかないくらいだったか。とは言え10日泊まれば、食事代(その他もろもろ)なども入れると20万円は超えていたと思う。
#2へ続く