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ヒゲオヤジのトホホ育児休業3

8:45 AM

 出かけるのがうれしい次女は、先ほどから玄関の上り口に腰掛け、自分の靴を手に持っている。ようやく元気のでてきた長女に帽子をかぶせ、カバンを背負わせると出発だ。
 育児休業がスタートした4月の頃は、体重10キロちょっとの次女を左腕で抱え、右手で長女の手をつないで、3分の距離を悠々と歩いていたのだが、5月には、もう腰がギシギシと痛みだした。まるで知らなかったが、育児は腰を集中的に痛めつけるものらしい。(ついでに言えば、家事は手荒れ。ようようガサガサなりゆく、指先少しあかぎれ⋯。)「ぎっくり腰」を抱える自分には、ちと無理があったか、と気づいても遅い。
 それからというもの、短い距離でもベビーカーを使う。乗せられるのを嫌がり、のけぞる次女を縛りつける。
 園バスの停留所には、数人のお母さんと子どもたち。次女は、「はよぉー!」と笑いかける。「ゆうちゃん、今日もニコニコだねぇ。」と、みんなが相手してくれる。
 長女は、大好きなたまちゃんを見つけると駆け出した。「今日も暑そうですねぇ。」から始まって、「今日はあやちゃんは⋯」、「昨日のプールで⋯」、「あのあと、佐藤先生から⋯」と情報交換が続く。そこへ水色の園バスが到着。誰よりもうれしそうな長女を含め、8人の園児を乗せると出発だ。次女も手をキラキラさせてバイバイする。
 子どもたちを送り出した後も、お母さんたちの何人かは、しばらくその場にとどまってお話が続く。僕も、フラフラした足取りで歩き回る次女の相手をしながら遠慮がちに話に加わる。情報収集の貴重な機会なのだが、次女がいなかったら、お母さんたちの中で、ひとり、間を持たせられないだろう。

9:20 AM

 そろそろ飽きてきた次女が、みなさんに「バッバッ」と手を振るのを合図に、手をつないで散歩しながら帰宅。
 朝食の片付け、洗濯、掃除とやることはたくさんあるが、しばらくは次女に阻まれる。絵本だのおもちゃだのを次々に持ってきては、「んっ」と差し出し、これを読め、これで遊ぼうと催促する。抱き上げると、「っち!」と指差し、移動の方向を指示する。置き去りにすると泣きわめく。昼寝に向かって次第に眠気が強くなるとともに、わがままもひどくなり、仕方ない、かかりきりだ。頼むから早く眠ってくれよ。
 アメリカのTVドラマで、高校生のベビーシッターが、バイト先の家庭に彼氏を連れ込むために赤ん坊に睡眠薬入りのミルクを飲ませて眠らせるという話があったけれど、そんな誘惑にもかられる。
 実際、僕は『ほーら、泣きやんだ(ゆっくりおやすみ編)』なるCDを購入して愛用している。心臓の鼓動に似たリズムと、胎内での聞こえに似せたボワーッとした、低く籠もったような音で奏でられた音楽が赤ん坊の眠りを誘う、という趣向だ。ホントに効果があるのかと疑いながらも2千数百円出して買い求めているところに、4月当初の切羽詰まった状況が忍ばれる。

10:47 AM

 いよいよ限界に近づいた次女を抱き上げて、件のCDから流れる曲に合わせ、からだを揺らす。横揺れの間に、ときどき上下の揺れを入れると効果的、というのは僕の発見だ。
 次女を抱きかかえて踊ること5分、次女は観念したように深いため息をひとつつくと、頬を僕の肩に預けた。僕の肩を信頼しきった安らかな寝顔を間近に見るのは至福のひとときだ。
 それにしても、と思う。眠たい赤ん坊を眠らせるのがなぜこんなに大変なんだろう。「寝付かせる」という仕事は育児の中でもかなり手ごわい部類に入るのではなかろうか。おっぱいをくわえると安心して眠るという。うらやましい。
 長女がまだ小さい頃は、夜中に泣き声で何度も起こされ、なかなか寝付かないことにイライラしたものだ。ついつい感情的になって、揺らす腕に力が入ったことを思い出す。なるほど、これが世にいう「揺さぶられっ子症候群」の原因だ。他人事ではない。僕はかなり短気な人間だから、自制心はとても重要だ。

 次女が寝入ると、ようやく静かな時間が訪れる。と言っても、自分の時間というわけにはいかない。洗濯機を回している間に食器を洗い、麦茶を煮出し、散乱した絵本を片付け、食べこぼしの散らかった居間に掃除機をかけ、ゴミをまとめる。洗濯物を干すついでに子どもたちの布団も干す。次は夕食のメニューを考える。
 冷蔵庫を覗き、賞味期限の迫っている在庫(厚揚げ、キャベツ⋯)を確認すると、これをキーワードにして何冊かの料理本をパラパラとめくりあたりをつける。「厚揚げとキャベツの煮物」を「餃子」に添えるか、それとも、「焼き厚揚げのマヨネーズソース」と「豚肉とキャベツの炒め物」でいくか。子どもが喜んで食べそうな品をひとつは入れなければならない。

 昼寝と言っても、9時半に根付いてしまう日もあれば、12時過ぎになることもある。眠る時間もまちまちだ。2時間くらい眠っていてくれると家事も片付くのだが、30分なんて日もある。そんな日は、モニターから2階の鳴き声が聞こえると、「えーっ、もう起きちゃったの?」と、正直言ってがっかりする。
 いずれにせよ、突然の泣き声で家事は中断される。(つづく)

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