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ペッパー君にハトがとまる

放たれた。たしかに放たれた。
振動し、伸びてゆく声を聴いて、そう思った。

彼はロボットを木材で殴り、灯油をかけて燃やす。鉄部はどろどろに溶けて、ある種の自由が広がった。液状化したこころが岩にへばりつく。陽光にほだされて、蒸発したように湯気がたつ。陸から空へとこころが飛散していく。自由が飛散する。今や彼は、飛ぶように軽い。

彼の低く伸びやかな声は、のどから出たわけではなかった。ではどこから出たのか。象牙かもしれないし、まな板かもしれない。はたまた象牙かもしれないし、もしかしたらまな板かもしれない。いや、象牙かもしれない。確実に、まな板ではない。軽いので、こころは柔軟になってゆく。なんだってできるし、どこにだってゆける。憧れなくていい。頼りすぎなくてもいい。感謝ができればよい。欲しいものをたくさんあげて、うれしいことをして、好きを伝えられれば、それでよい。軽快な声は、有機的だ。旋回しながら、まだ伸びてゆく。

声はいつのまにか潮騒になった。「満足が最終回だとしたら、初回を繰り返すような日々にいたい」。波が寄せては返すたびに、そう思う。できれば最後が来なければいいが、いまの終わりが来なければ、きっと次のはじめもない。潮騒が鬱陶しくなる。逃れるために、なにも考えずに足を動かしつづけた。足が絡まってうまく走れない。慎重に、転ばないように、できるだけ速く歩く。潮騒は私を逃がさない。できれば声が聴こえなくなるまで、離れてゆきたい。そこに日常があるといい。

潮騒はまたも彼の声に変わる。どこまで逃げたとて、湿った綿で栓をしたとて、声は内耳で反響しつづける。放たれたのだから仕方がない。急ぎ足で脇道を進んでいると、土が盛り上がる。「生まれたものは、すべて愛してあげるべきだ」と、別の声が聴こえる。「そこに順位をつけるのは、不思議だ。ばからしいとさえ、思うことがある」と。パスカルの声だった。私は急いで土を掘り返す。しかしもうパスカルはなにも言ってくれない。そのうちに、異次元で孤独になってゆく。みな、誰かの一番でありたいと願っている。だから彼の声がやまない。今もどこかで、浅く聴こえつづける。

生きていくに必要なものがいくつかある。酸素や栄養があって、はじめて人は機能する。地球は好都合だ。生きるには地球が要る。より上手に生きるためには、衣類や住まいなどが要る。すると、どこかである程度のお金が発生するだろう。

お金はひとりでは生まれない。誰かを喜ばせて、はじめて得られる。すると社会は便利だ。お金が発生するサイクルに、するするっと属せる。つまり上手に暮らすためには、社会が必要でもある。うまく生きられるのは、地球があって、社会があって、誰かがあなたを認めているからだ。「ひとりで生きていける」なんて、傲慢で自分勝手。きっといまに、彼の声が聴こえてくるだろう。

焼けたロボットのにおいがする。きっと固体のころよりも、身軽で自由になっただろう。果たして楽になったのか。世の中には、不自由を選びたいロボットのほうが多いことも、たしかなのだ。

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