ねじり王子、はじめてのあん馬
陸地がさぁっと海に飲まれて、私はいよいよ息がつまる。津波じゃねえ。陸のほうが積極的に飲まれてゆく。車ミシンみたいにぶるぶる震えながら、街ごと海に沈んでゆく。
私はビルの8階で仕事をしながらぼーっと、てんでぼーっと眺めてた。だんだんとビルも海に近づいてって、残滓がりんりん鳴る。りんりんりんりんつって、うるせえこと限りなしで、なおもぼーっとしてたら眠くなったから、ガムでも噛みながらパソコンに向かうが、いかんせん海は陸を飲むしビルは陸にあるので、デスクもグワワとゆがんでは傾き、パソコンも滑って落ちてしまい、あえなくディスプレイも粉々に割れて、たぶんメモリも消えただろうなと思いつつ、私も傾いて転んで滑って、真っ二つのタイタニック号の甲板みたいにツーっと流されて内壁に頭をぶつけたからさ、いてえなぁもう。ほんで隣のデスクの東山さんも同じように流されて、私の腹に頭突きを入れるかたちになった。
あばらの硬いところにたいへんな衝撃があったから、小柄な女性である東山さんもさぞダメージ喰らってんだろうと思って「大丈夫すか?」と聞いたけれど「あがががが、あが」ともう話にならないんで、なぜか「ごめんなさい」と謝りつつ立ち上がろうとするものの、ビルが倒壊したのか天地が逆さまでうまく立てず、天井に向かって落下して背中を強打したら、すぐ隣に棚やらコピー機やらが落ちてきて「おお、怖え」ってつい弱音を漏らしたのがなんかちょっと恥ずかしくて、東山さんに聞かれてたらやだなと思い、彼女をチラ見するがいない。
「あがががが、あが」とfaxが動いているばかりで「なんだ今日は日曜だった」と思い出す。すると東山さんはいないはずだから、さっき私のあばらに頭突きをかましたのはfaxかと気付いて「あがががが、あが」のほうを見ると、何やら紙が出ようとするものの、排出口がぐちゃぐちゃに壊れていて脱せない様子だった。日曜なのにfax送ってくるなんて変なのとは思いつつ、無理に紙をつまんで引き出すと「さて、私は紙を送ります」と筑紫明朝で書かれているもんだから、紙の無駄遣いだし、ちょっとイラついてグイグイ引っ張る。すると紙の向こう端をつまんだ東山さんがfaxのなかから現れて「どうもおはようございます」と、もう昼なのにのんびり朝のあいさつをするもんで、私はさっきfaxと見間違えたことを思い出してちょっとばかり気まずくて、目をそらしかけた。
「あ、おはようございます」と返すと、目が合ったままちょっと沈黙があって、なにやら恋でも始まる予感でもう、頭のなかには広末涼子の名曲のサビだけがガンガンループしはじめて、二、三回目の、ずっとまっえっからー♩ かっれーのことー♩ すっきーだ、くらいで海にドボンです。
海水は無情よほんと。ってな具合にぶくぶくやって、塩辛いことこの上なしで、ビルと一緒にぐんぐん沈んでって、視界がぼやけるなかで、塩分が目にしみるので、痛くてまぶたを閉じるのだけど、なにやら明度が落ちていくのだけは分かるんだよ。暗ーくなっていくのだけは、本当によく分かるんだけどね。まぁ浮上しきれそうにないなぁって予感がもう、パァーン!と、ほとばしる。ここにきて勢いよくほとばしって、体温がスーッと引いていく感じがして、なぜか「あが、あがががが」ってfaxの音が聞こえ