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ボールと脳が癒着するほどのヘディング

「さぁ今回はじめて代表に選出された22歳の七木がボールを持ちました。彼の特長はなんといってもそのドリブル。右サイドを駆け上がるスピードでは世界にひけをとりません……しかしここは冷静にパスを出します」

ーー七木は少年時代からスターだった。クラブユースでも頭一つ抜きん出ており、名だたる指導者は口をそろえて「彼は日本を背負うようになる」と太鼓判を押した。

悲劇が訪れたのは高校2年の夏。フォワードとしてゴール前に切り込んだ七木は、相手チームのディフェンダーからタックルを受けて崩れ落ちた。右ひざの靭帯断裂にくわえて右上腕を骨折。さらに倒れ込んだ衝撃で右目の視力が著しく低下した。

誰もが「七木は死んだ」と諦めたが、七木だけは諦めなかった。いや、正確にいうと、七木と、ザンビアの山中で数匹の猿とともに暮らすラパタリー・ピュピャンチャックの2人だけは諦めなかった。

1年の過酷なリハビリを経て、七木はピッチに戻ってきた。復帰戦はインターハイの予選。七木はポジションを変え、ミッドフィルダーとして新境地に挑んだ。

復帰戦はあまりに鮮烈だった。
過酷なリハビリの結果、七木の脚力は怪我する以前に比べて格段に進化していたのだ。ボールを持つとともにグンと加速。ピッチを縦断して敵のゴール前に迫ると、鋭いアシストを放る。

七木は七木を置いていく。高校生のレベルではもう彼を止められる人間などいなかった。いや、正確に言うとミャンマーのフラフープ工場でアルバイトをしていたスィーン・スィーン君であれば、止められたかもしれない。


「ーーあっ、と、日本ピンチです。セネガルの マネにボールが渡ってしまった。日本必死のディフェンス……と、なんとかクリアしました。そしてすぐさまカウンター! これは誰を使うべきですか?」

「七木でしょうね。彼の脚を魅せてほしいです」

「その七木にボールが渡る。右サイド! セネガルのディフェンスは4人だ! さぁ勝負! 七木がディフェンスをかわす! 勝負をかける! キーパーと一対一だ」

「いいですよー! いけ! 撃て!」

七木がゴールの右端をにらんだ瞬間、審判の笛が吹かれた。選手の交代を知らせる電光板に「RICE」と表示され、男女問わず20人ほどの老人たちが各々道具を持ってピッチに入ってくる。

七木はシュートを諦め、ボールを優しくピッチの外へ出す。ゴールキーパーはディフェンダーを鼓舞し、親指を高々とあげた。

老人たちは七木の横を平然と通り過ぎ、セネガル側のゴール前にザクッと鍬を振り下ろした。
天然芝が跳ね、茶色い土が顔を見せる。別の老人が放水し、土をふやかしていく。

「あっと、ここで稲作に入りましたね。セルジオさんは何番に注目していますか」

「そうですね。やはり10番の高田でしょう。彼女の鍬さばきは光ってますねぇ。間違いなく世界レベルです」

「高田は公開練習から動きにキレがありましたもんね。ざっくざっくと掘り進めていきます。そして、日本側のゴールにも農家の皆さんが姿を現しました。これは……二毛作ですか?」

「いえ、時期をずらして農作するのが二毛作です。これはシンプルに収穫量を増やすというトリックプレーですよ! いやぁ本当にうまい!」

「試合前、指揮をとるJA鹿児島の矢作武幸監督は『世界をアッと驚かせる。我々にはその準備ができている」と豪語していました。このプレーには観客席からも大きな拍手! いやぁ確実に進化していますねぇセルジオさん!」

「やはり、去年の不作が生きているのでしょう」

「この成長ぶりは、ホントに………あーっと、七木が鍬に触ってしまいました」

「これはいけない」

「すぐにレフェリーが駆け寄ります。うーん、レッドカードです。長谷部が必死に抗議しますが、さすがに通用しません。セルジオさん、いかがですか」

「いやぁ、もったいないですねぇ。期待していたのに。何をやっているんだ、という印象ですよこれは」

「七木、がっくり肩を落としてピッチを後にします。しかし稲作は依然順調。秋が待ち遠しくなります」

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