はんぺんは凶器になりうる
ボーリングなんて、いつぶりだろう。
三倉は受付で名前を書きながら、そう思った。なんで入ったのか、それは三倉自身にもよく分からない。ただ単に暇だったのか。なにかを転がしたかったのか。それとも倒したかったのか。私はいつごろからボーリングに憧れていたのか。
最後に投げたのはたぶん小学生のころ。当時はまだ7、8歳くらいだっただろうか。指が5本入る小さめのボールを使っていた。ガターには柵が立っていたから失敗することもなかった。それでも楽しかったなぁ。ただボールを投げて妙なオブジェを倒すだけなんだけど、カコーンと音がした瞬間はなぜか爽快で、それはきっと整頓した「シンメトリーを崩す」という行為に無意識的な背徳感があるのだろうな。なんて20年ぶりにくるボーリングで当時を分析してみる。
受付で名前を書いて奥に進むと、日曜だというのに、ほとんど人がいなかった。本格的にグローブを着けた初老の男性がひとり、あとOLらしき女性がふたり。どちらもおとなしいようで想定していたザワザワ感はまるでなかった。
「そこで靴をレンタルしてください。ボールはあちらにあるのでお好きなのを」
三倉は受付のおじさんに促されるまま22.5センチの靴を借りて、ポンドごとにボールが置かれたスペースまで歩く。バックヤード付近にはサイズごとにボールが分かれて積まれていた。とはいえ、どれが自分にフィットするのかも分からない。8ポンド、9ポンド、10ポンド、ひとつずつ手に取ってみる。それは予想よりもいくぶん重い。少々悩んだが、三倉は緑がかったイグアナの尻尾を掴むと、抱きかかえるようにして自分のレーンに戻った。イグアナの尾はゴツゴツしていてトゲがあり、指に食い込んで少し痛い。しかし、しょうがない。ボーリングとはこういうものだ。
三倉はイグアナをそっと置き、画面を見る。「ミクラ」と表記された画面は当然まだ0点で、なんだかワクワクする。仕事を辞めた22歳のころを思い出した。にやにやしながらイグアナを抱きかかえる。ゆっくりとレーンまで歩いて、イグアナをそっと置いた。はじめ、イグアナは不思議そうに辺りを見渡していたが、ペロリと舌を出すと、ペタペタとレーンを走ってゆく。
三倉は心のなかで「走った!」と興奮した。イグアナはワックスに足を取られて右往左往しながらもレーンを進む。先頭のピンの前まできて、コツンと頭をぶつけた。1ピンは2ピンと3ピンを倒し、ドミノのように後列のピンまでをやっつける。コトコトコト、コト、仕事を終えたイグアナはそのまま吸い寄せられるように向こう側へと消え、あとには3本のピンが残った。
「ナイスボール! お嬢さん、なかなかやるね」
隣のレーンでボールを投げていたおじさんがパチパチと手を叩く。三倉はなんとなく頭を下げて、地獄のような暗い穴の向こうからイグアナが帰ってくるのを待った。