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シンクロナイズド会釈ング

たばこをくわえながら、家に帰っていた。別にどこかに出かけたわけではない。ただなんとなく外に出て、なんとなく歩き、なんとなく人とすれ違った。

ふとアイフォンが震えた気がして、ポケットから取り出す。なにも通知はなかった。時間は午後11時30分。気づけば家を出てから3時間近くも経っている。
路上には、私ひとりしかいなかった。誰の役にも立っていない街灯を目指して、たばこの煙が登っていく。いま、奴は一匹の虫にすら好かれていない。

少し進み、煌々と光る自動販売機で缶コーヒーでも買おうかと立ちどまる。小銭を入れてウィンドウを見上げると、コカコーラとペプシコーラが仲良く並んでいた。私はその下にあるジョージアのボタンを軽く押してから元の路地に向き直す。

冷たく冷えた缶を2、3回振る。中で液体がグジュグジュと撹拌される。グジュグジュグジュグジュと降っていると、どこからか羽ばたきが聞こえて、右肩に色彩豊かな巨鳥が止まった。鉤爪がヌヌヌと肩に食い込む。カシュ。私は缶コーヒーの蓋をあけて一口飲んだ。名も知らぬ巨鳥は落ち着き払って、右肩から背中にかけてゆっくりと降りていった。

コンクリートがところどころ剥げたこの路には、依然私ひとりしかいない。真っ暗な深夜の小径を、夏風が足早に通り抜ける。秋の破片を落としていく。もうすぐ、この冷たい缶コーヒーがうざったく感じるようになる。今日は何月何日だっただろうか。そう思ってアイフォンを取り出したとき、ガシャ、と何かを踏んだ。果たして、それは1つのアナログ時計だった。

母校の校庭を見下ろしていたセイコーの時計によく似ている。ポケットから手を出し、拾いあげて見てみると、悲惨な状況だった。私と同じように何度も踏まれたのか、それともクルマに踏まれたのか、表面のガラスは殆どなく、2本の針はぐにゃりと湾曲している。それでもまだ時を刻み続けていた。短針が6を、長針が3を指している。もちろん曲がっているので、正確な時間は分からない。秒針だけはピンと背筋を伸ばし、規則正しく、カチ、カチ、と運動していた。

私はそのまま時計を地面に寝かせて、ポケットからアイフォンを取り出す。「6:16」。アイフォンから眼を外すと、あたりはもう朝だった。空は眩むほど明るく、雲が眠たげにたなびいている。今日は月曜日だ。私は出勤時刻に間に合うよう、歩くスピードを少し速めた。

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