【小説】放課後の美術室Ⅳ
みなと駅の改札を出ると京葉線側の出口に出た。
私と綾香はポートタワーのある海の方へと向かう。駅前の交差点に立ち、辺りを見渡すと都会的なマンションが立ち並んでいる。 ポートパ-クを抜けると海が見えた。旅客船ターミナル駅からは対岸の工業地帯が見える。
「海だ!潮の匂いがするね!」
なぜだろう。
海を見ると何か起こりそうな予感がしてワクワクする。ふたりの目の前にはポートタワーがそびえ立ち、県立美術館があった。 K画廊はすぐ近くにあるはずだ。 香取神宮の神様、どうかお願いです。午後の授業をサボった事は謝ります。こんな悪い私ですがどうか、K画廊が見つかように!
心の中で祈りながらしばらく探し歩くと、綾香が突然立ち止まる。 「あった!美穂あったよ!」 目をキラキラさせて興奮気味に綾香が言った。 ガラス張りの天井の高い温室のような建物だ。見たこともないような観葉植物が所狭しと並んでいる。 「ほら、『K画廊』って書いてある。行こ」 「うん」 緊張と期待でドアを開けた。 「こんにちは、見かけない制服だね」 白髪混じりのちょい悪オヤジ風な画廊のご主人は人馴れしていて、優しい雰囲気がした。 「アタシたち、船橋から来たんです」 綾香は適当なことを言う。 「あの、ラベンダーの絵を見に来ました」 遮るようにして私は言った。 「あぁ、その絵は…」 画廊のご主人の顔が一瞬、曇ったのを見て嫌な予感がした。 「残念だったね。今さっき売れてしまったんだ。20代くらいの男性で小説家だと言っていたよ。ほら」 画廊のご主人はその男性が置いていったという本を私に見せた。 「僕はあまり本は読まないから、あなたにあげる」 断るのも悪いと思い私はご主人にお礼を言って、その本をリュックにしまい込んだ。
帰り道、私と綾香は無口になった。 綾香は駅前のコンビニで私の好きなしろくまくんのアイスを買ってくれた。 「ほら、落ち込んだ時はあまいものが良いのよ」 「ありがとう」 「イチゴの花には蜜がないの知ってる?」 「えっ!?蜜がないと死んじゃうよ」 「だから巣箱の前に砂糖水を置いておくの。それに蜜蜂は行動範囲が広いからハウスから抜け出して草木の蜜を集めてくるんだよ」 「知らなかった!」 帰りの電車の中、綾香は蜜蜂の話を私に聞かせてくれた。働き蜂には色々な役割が分担されていて子育て、巣作り、門番、掃除、女王蜂のお世話係が生まれてからの日数で決められていることや、良いえさ場を見つけると8の字ダンスを踊って仲間に知らせることなど…私は時間が経つのも忘れて綾香の話に夢中になった。
佐原駅で綾香と別れてバスに乗り、日が暮れそうないつもと変わらない街並みを窓から見ていると書店前を通った。
私はラベンダーの絵を買って行ったという小説家のことを思いい出してリュックから本を取り出す。 「約束…作者は小川泉かぁ、素敵な名前だな」 本をパラパラとめくっていると最後のページに小川泉のメアドが書かれていたので、彼にメールをしてみようと思いついた。
ラベンダーの絵は先生との思い出の大切な絵だということを書いた。そして最後に「絵を大切にしてくださいね」と。きっと忙しい人に違いないから返事は期待しなかった。
しかし、その返信は一週間もたたないうちにきた。
つづく💖