【小説】放課後の美術室 Ⅰ
彼の現在を私は知らない。
彼は1年前まで県立高校の美術教師をしていた。
名前を井上修策という。今年でたぶん、26歳になると思う。
美術教師に似合わず時々喋る関西弁が面白くて、どこにでもいそうだけど高校生の私たちには簡単に手が届きそうもない、大人びた雰囲気イケメンの修策は本当によくモテた。放課後の美術室には調理実習のスイーツ、体育祭のツーショットの写真、修策が好きなアーティストのCD…などを大切に抱えて先生を好きになってしまった切ない女の子たちが集まってくる。
私もその中の1人だった。
「女子高だからモテるんだよね、先生」
と冗談半分で言ってみたら修策は照れ臭そうに笑ってみせた。
そんな修策が突然、「僕は教師には向いていない」と言って、絵を描く為に大学時代の先輩を頼ってニューヨークへ行ってしまった。
それからの私は、口数に反比例してため息が多くなったり、売店の大好きなチョココロネも旭屋のオバチャンが売りに来る肉じゃがコロッケもあまり喉を通らなくなって3キロ痩せた。
あれから1年がたって私は高校3年の受験生であの頃に比べれば随分と元気になった。だけど、朝学校に来てあるはずもない修策の愛車のFITを探してしまう自分にむなしくなって泣きたくなってしまう。
親友の綾香はあんなにシューサク、シューサクって騒いでいたのに「美穂も早くいい人見つけなよ」なんて言って通学電車の同じ車両に乗って来る信用金庫の新人サラリーマンに夢中になっている。 修策が学校を辞めて行った後、「ニューヨークでアメリカ人と結婚した」とか、「本当は日本に戻って予備校の講師をしているらしい」なんて、どこから仕入れてきたのか、どれも信用のおけない話ばかりで皆、好き勝手に噂していたけれど、最近では飽きてしまったらしく噂話は次第に消えていった。