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ガンダムビルドファイターズ・グローイング 第2話

 いつものように学校帰りにサニー模型でバトルをし、帰って来て夕食を済ませたキョウヤはそのまま工作室にこもっていた。
 工作室と言っても、もう10年ほど前に家を出た兄が使っていたのを、自室とは別にガンプラ製作用に使わせてもらっているだけだ。寝具などはもう撤去されているので広い。兄が使っていた家具で残っているのは、今こうして作業している机と、その右隣に位置する壁に面して並べられた棚ぐらいだ。棚には、兄が残していったガンプラ達が丁寧に飾られている。
 そんな環境の中でキョウヤは、今日もバトルで勝利を収めたフルアーマーガンダムの武装案を練っていた。
 自前のパーツボックスの中から、あれこれと武器を引っ張り出しては持たせる。バックパックを変えてみる。シールドを外して、そこにも武装を増設してみる。GPベースに記録されている戦績で言えば、キョウヤのこのガンプラにはおよそ改良の必要は見受けられない。
 だがキョウヤはいつも、いや毎日のようにこの作業をする。
 戦績の問題ではないのだ。
 キョウヤは、このFAガンダムをもっともっと良くしたいのだ。良くしなければ、いけないのだ。
 あれこれと試すが、結局具体的な案は出てこない。昨日までと同じである。
 ため息を漏らすのと、作業室のドアが開いたのはほとんど同時だった。
「キョウヤ、私もう寝るからね」
 顔を覗かせたのは母のナナである。
「うん。おやすみ」
「おやすみー、じゃなくて。アンタも早く寝るのよ。日を跨いで作業するのは許さないからね」
「……片付けたら寝るよ」
 両手をあげて見せる。
 満足げな笑みを浮かべると、ナナはドアを閉めて行った。
 現在家にいるのは母親であるナナとキョウヤだけだ。父は単身赴任で不在。ナナはキョウヤの趣味に関しては寛大なのだが、生活態度に関してだけは厳しい。その日のうちに寝る、というのもその一つだ。かつて作業に集中し過ぎたキョウヤが深夜に作業をしていた時、再三の警告を無視した為にブレーカーを落とされたことがあった。しかも家の主幹ブレーカーごとである。キョウヤが布団に入るまで母はブレーカーの前に陣取り、作業を根本から妨害してきたのだ。あの時は半端に作業を止められたことよりも、そのせいで冷蔵庫の中身も傷んだりととにかく酷いことになった。
 それからというもの、キョウヤは母の言葉はしっかりと守ろうと決めている。
 散らかしてしまったパーツ類をボックスへと戻す。FAガンダムの装備は結局、元のままとなった。
「ガンプラは自由、じゃなかったのかよ」
 ぼそりと呟く。
 キョウヤは、部屋の棚に目を向けた。
 兄が残していった作品たちが並び棚の一角。そこには一つだけ、他とは違うガラス製のケースに収められたガンプラがあった。それは濃緑色に染め上げられ、追加装甲を装備させた重装甲・高機動のガンダム――FAガンダムであった。


ガンダムビルドファイターズグローイング
2.敗北との出会い(後編)


「じゃあ、僕ら先に行くからね」
 遠慮がちに声をかけてくれたのはトシヤだった。その後ろにいるワタルは、わざとらしく笑っている。
「ガンプラバカもほどほどにしろよな。本当のバカになるぞ」
「余計なこと言わない! じゃあ、バラ君また後で」
 そう言って二人は教室を出て行った。
 こうして、教室に残っている生徒はキョウヤだけとなった。
 キョウヤは今にも噛みつきそうな勢いで机と向き合っている。正確には、机の上に広げられた数学の問題集を仇のように睨んでいた。
「おーいサカキバラ。睨んでも答えは出ないぞー」
 教卓で採点をしている担任が、一向に動かないキョウヤに声をかける。
 昨日。
 許される時間の限りにガンプラ製作に勤しんだ代償である。宿題をやる時間も、彼はガンプラ製作の時間に当ててしまったのだ。
「早く終わらせないと、大好きなガンプラバトルをする時間が減っちゃうぞー」
「……」
 できません!と叫ぼうかと考えたが、恐らく担任は聞き流すだけであろう。早く終わらせて、自分もサニー模型に行かなければ。そう思えば思う程に焦り、立ちはだかる課題達はますますキョウヤの貴重な放課後を食いつぶしていった。


 一時間以上をかけて課題を終わらせたキョウヤは、校内を早足で、そして外に出るや全力疾走でサニー模型を目指した。
 今日もトシヤとワタルは、先にバトルを始めてしまっているだろう。自分も早くそれに混ざりたくて仕方なかった。
 いつものようにサニー模型の入り口をくぐる。
 店長の姿は、入り口横のカウンターになかった。しかし癖の様に「こんにちは」とあいさつしながら、中へと入っていく。
 中の様子がいつもと違った。
 いつもなら4つあるバトルシステムを、各グループが交互に使うようにしている。だが今日は、ファイター達は集まっているのにシステムは1基しか稼動していない。全員が、とあるバトルに見入っているようだった。
 釣られるように、キョウヤもそのバトルを見ようと近づいていく。
 すぐに気付く。
 バトルしているのは、トシヤとワタルだった。
 ザクキャノンとグフ重装型がタッグを組んで戦っているのだ。2対2をやっているのかと思ったが、違った。相手は一機だ。
 青白い光の柱となったプラフスキー粒子に阻まれ、相手の顔や様子をうかがうことはできない。
 分かるのは、相手が使っているガンプラだけだ。
「……デュエルか」
 それは機動戦士ガンダムSEEDに登場するガンダムシリーズの1機、イザーク・ジュールが使用したMSのガンプラだった。外見は細かく見ると違うが、ほとんど原作通りのものになっている。ビームライフルにシールド。バックパックにはビームサーベルを2本備えた、シンプルな作りだ。
 デュエルは特徴的な武器を持たない。発展型であるアサルトシュラウドやブルデュエルは、キョウヤの使うFAガンダムに近いコンセプトを持ち、デュエルガンダムだからこそ様々な武装や装甲を追加されている。大会でも見かけることの多いキットだが、ノーマルのままというのは珍しい。
 しかし、バトルを見てすぐに気付いた。
 あのデュエルは、それだけで充分に、
『――くそっ! トシヤ悪い!!』
 ワタルが声を張ったのは、デュエルガンダムが手にしたビームサーベルによって両腕のフィンガーバルカンを斬り上げられた瞬間だった。
 戦闘続行不能を覚悟し、捨て身のタックルをせんと前に飛び出す。
 だがデュエルは美しいとさえ思う程にしなやかな動きで、それを横に飛んで交わす。
 すれ違い様に、ビームライフルのトリガーが弾かれた。
 閃光に貫かれバックパックから生じた炎が、グフ重装型の全身を爆発させる。デュエルはその時すでに上空へと飛び上がっていた。
 フィールドに残っているのは、トシヤのザクキャノン。
 両手のマシンガンとキャノン砲を連射する。しかし空中を高速で舞うデュエルには、一発として当たらない。掠りもしない。
 トシヤの腕は決して悪くない。恐らく見ている誰もが気付いている。
 おかしいと思える程に、あのデュエルが凄いのだ。
 バトルを見守っているギャラリー達はみな、押し黙っていた。誰もが口を開くことも忘れて、弾幕をくぐり抜けたデュエルガンダムがビームライフルを放ち、ザクキャノンを撃破する様を見ていた。


<BATTLE ENDED>


 青く光るプラフスキー粒子の柱が消えて行く。
 バトルシステムの前に並んで立つワタルとトシヤ。そして向かい側にいたのは、キョウヤの知らない顔だった。背はそう高くない。前髪が眉上で真っ直ぐに揃えられている。
「ありがとうございました」
 大人しい調子でそう言いながら、頭を下げる。
 ワタル達もそれにならい、礼をするとシステム上に横たわっている自身のガンプラを回収する。ところどころのパーツが破損していた。先のバトルはいつも練習で設定しているダメージレベルCではなかったようだ。恐らくはダメージレベルはB。公式大会などで適用されるレベルである。
 つまり先のバトルは、それだけの真剣さを持って行われたのだということ。
 少年も、自身のデュエルガンダムを手にし、細部のチェックを始めていた。
「遅かったな」
 バトルシステムから離れたワタルが、キョウヤに気付いて声をかけてきた。
「見てたんだな。ご覧の通り、ボロ負けさ」
「僕らだけじゃないんだ。ミシマさんのスーパーガンダム、イシカワ君のエクシアも……」
 言われて気付き、周囲を伺う。
 この店には他校から遊びに来ている者達もいる。ここで顔を合わせるガンプラ仲間達。その手にあるガンプラのほとんどが、ワタルとトシヤのものと同じく壊れてしまっていた。
 この店に居る実力者達を、ほぼ倒したというだ。
 しかも連戦だったに違いないのに、デュエルガンダムに目立つダメージは無い。
 キョウヤは息を飲んだ。
「あの」
 そんなキョウヤに気付いた少年が、声をかけてきた。
「FAガンダムの方、ですよね」
「ああ。そうだよ」
「バトルの相手。してもらえませんか」
 口調は穏やかなのに、しかし真っ向から向けられたその言葉と態度には鋭さを感じさせた。キョウヤは視線を少しも逸らすことが出来ない。
 そして同時に、自分に注目が集まっているのが分かった。
 この店に集まっているファイター達の、敗北したファイター達の視線を背中に感じるのだ。ほとんどのファイターが破られたこの状況。しかも相手からのご指名だ。
 この少年は間違いなく強敵。しかし、
「いいよ。やろう」


 バトルフィールドは、月面。
 キョウヤのフルアーマ―ガンダムは月の大地にしっかりと足を踏みつけ、射撃を繰り返していた。
 敵のデュエルガンダムはそれを、実に見事なマニューバで回避している。異常とさえ思えるほどの回避性能。しかもそれだけではない。ミサイルはバルカンで応射。ロケット砲撃もビームライフルによって炸裂前に撃ち落されてしまった。
 FAガンダムに積まれた多彩な武器を、デュエルの必要最小限の武装が完全に抑え込んでいた。
(背面ロケットとミサイルベイが打ち止めか……でも!)
 右腕に装備した2連装ビームライフルを連射する。
 デュエルはそれを避けない。真っ向から、シールドで受け止めている。対ビーム処理を施したシールドだ。しかもその耐久力はこの2連装ビームライフル程度のものなら完封してしまうほどだ。
(実弾なら迎撃できるし、ビームは避けるまでもないってわけか!)
 なればと、左腕にはハイパーバズーカ。右腕の2連装ビームライフルを同時に撃ち出す。
 しかしFAガンダムの攻撃は、やはりデュエルを捉えられない。月面上空の宇宙空間に何度も爆発が生じるが、相手は以前健在だ。
(スラスターの類を追加されているわけでもない。シールドだってそうだ。それなのに――)
 画面左下に警告ウィンドウが出現する。バズーカの弾が無くなったのだ。
 FAガンダムは即座にバズーカを投げ捨てると、自らも宇宙空間へと飛び上がった。
 直後。
 先までFAガンダムがいた月面が爆ぜた。デュエルが放ったグレネード弾の攻撃だった。一瞬でも動くのが遅ければ直撃だった。だがそれでも生じた爆発は凄まじく、熱風に煽られたFAガンダムの機体制御が大きく乱れる。
「デュエルのグレネード、こんなに威力高くないだろ!?」
 思わず声が出てしまった。だが今の攻撃で確信できた。
 今まで見たどのデュエルよりも機動性が高く。防御力が高く。そして武器の威力も高いのは、特別な改造を施しているからではない。
 むしろ、逆だ。
『グレネードの弾頭部分は、3パーツ部に分割して作り直しています』
 デュエルのファイターから通信が飛び込んでくる。
『ライフルは銃身、グリップ、スコープなどそれぞれで6つに分割したものを組んでいます。シールドはプラ版で厚さを部分的に調整しています。やり過ぎると重たくなるので』
 話をしながらデュエルは、ゆっくりと旋回。今しがた説明したライフルを手放した。そして空いて右腕が背面に回る。
 ビームサーベルを引き抜いた。
『本体も、各アーマー裏のモールド追加。隠れて見えませんが、フレームにもディテールを足したりしてあります。手間と時間は相当かかりますが、その甲斐はあります。徹底的に作り込むことで、ガンプラはキット本来以上の能力を示してくれる。これが僕の、デュエルガンダムHD(ハイ・ディティール)です』
バックパックが炎を吹くのが見えた。
次の瞬間には、デュエルーーデュエルガンダムHDはシールドを機体前面に構えて突っ込んで来た。サーベルによる白兵戦に持ち込もうとしている。
ライフルを連射するが、やはり効果は無い。
射撃による応戦をやめ、キョウヤはFAガンダムありったけの推進力で機体を飛ばした。相手が作り込みによって機体性能を上げていようが、機動力を強化しているのはこちらも同じだ。
 しかし、焦るキョウヤの挙動に対して、デュエルは冷静に間合いを詰める。
 続け様に2回。ビームサーベルによる斬撃を左腕のシールドで受け止めたが、それが精一杯だった。腕が溶断されてしまった。咄嗟に放った頭部バルカンとビームライフルで相手を牽制し、なんとか距離を取る。
『……こんなことを人に言うのは、自分でもどうかと思いますが』
 サーベルの構えを改めたデュエルからの通信。
 FAガンダムは構えていたライフルの銃口を、わずかに下ろした。
『あなたのガンプラには、問題があり過ぎます』
「初対面で随分なことを言ってくれるな」
『先日、あなたのバトルを拝見しました。そして今日実際に刃を交えたので確信しました。あなたと、あなたのFAガンダムは間違いなく強い。それなのに、どうしてFAガンダムの性能を落とすような武装追加ばかりするんですか』
 思わず息を飲んだ。
 相手はそんな様子に気付いているのかいないのか、言葉を繋ぐ。
『FAはそもそも武装が豊富です。それなのに、固定武装と似たり寄ったりの武器を持たせるなんて。試合形式によっては弾数を増やすという選択は確かにあります。でも、普段のバトルでは過剰だ。マシンガン一つ、バズーカ一つ持たせるだけで機体バランスは変わってしまうんですよ。あなたなら分かっているはずだ』
 そう。
 キョウヤは気付いていた。
 だから、バランスが崩れるのを最小に抑えるため、携行武器を変える程度のことしか出来なかったのだ。
『しなくてもいいような改造をする。あなたはデメリットを知っているから、まだマシです。しかし、あなたを慕う人たちはその意味をきちんと理解しているとは思えない。一番強いあなたを模倣し、武装を増やすことが強さだと思ってしまっている。他人に間違った影響を及ぼしているのが、分かりませんか?』
 そのことにも、勿論気付いていた。
 さっき見たバトルでもそう思ったばかりだ。ワタルは自分のグフ重装型に、脚部ミサイルポッドを追加装備させていた。あれはそもそも中距離用の武装で、フィンガーバルカンによる近距離戦闘をするグフ重装型との相性が良いとは言えないものだ。火力は確かに上がったかもしれない。近距離戦に持ち込むまでの武器、という意図なのかもしれない。
 しかし実際には、脚部の武装追加により機動性を落とす結果となっていた。以前戦った時よりも、動きが悪かったのはすぐに気付いていたのだ。
 こんなことはこれまでにも何度もあった。しかしキョウヤは一回として、彼らに苦言を呈したことがなかった。
 理由は簡単だ。分かっていたからだ。
 彼らが、自分を真似しているのだということを。それを悪く言うことは、嫌だったのだ。
 それでは、自分を否定するのと同じになってしまう。
 何より、それでもワタル達はガンプラ製作もガンプラバトルも楽しんでいるのが、誰よりも分かっていたからだ。
『あなたが何故そんなことをしているのか。今の自分を良しとしているのか知りませんし、答えてほしいわけでもありません。ただ、僕はそういうガンプラを好きではない。だから僕は今日あなたを、あなたのFAガンダムを倒しに来たんです』
 デュエルがゆっくりと動き出す。
 身体を斜に。シールドを前に、サーベルを後ろに構えた姿勢で徐々に加速。真正面から向かってくる。
 キョウヤは、何も言い返せなかった。
 彼が何故自分に挑んできたのか。聞かされた理由に、キョウヤ自身納得できてしまったからだ。決して良いと思っていたわけでは無い。どうすべきか分からず、見て見ぬふりしてきたことであるのを自分でも分かっている。
 だが。キョウヤは、静かに右腕の2連装ビームライフルを構えた。
 銃口は真っ直ぐデュエルへと向く。それでも相手に止まる様子はない。
『無駄です。その出力では、破れません』
 それでも。FAガンダムは攻撃の姿勢を崩さなかった。
 ライフル先端にエネルギーが収束していき、光の渦を作り出していく。その光は――徐々に大きくなっていく。
 気付いたデュエルが、そこで動きを変えた。
 シールドをパージしてその場に残すと、自身は真上へと急速で飛び上がったのだ。
 次の瞬間。
 FAガンダムの放った2連装ビームライフルはこれまでとは比べ物にならない光の奔流を生み出し、デュエルの残した強化シールドを撃ち貫いた。シールドに巨大な穴を穿ち、更に爆発が生じる。
『出力が可変式だったなんて』
 判断を誤っていたことに気付き、思わず声を漏らす。
 そこに、
「……好き勝手言いやがって」
 キョウヤの声。
 盛大に白煙を噴く2連装ビームライフルをパージする。
「作り込むのが自分だけだなんて、自惚れ過ぎじゃないのか」
 確かに過剰な武装追加には反論できない。だが、他は違う。キョウヤだってずっとFAガンダムを作ってきた。標準武装なら尚更、何度も作り直している。この2連装ライフルは、決して出力が調整できるわけではない。今のは言ってしまえば単なる出力暴走だ。撃った直後にライフル自体がダメになってしまうので使うことはほぼ無かっただけだ。
 だが、キョウヤはそれを迷わず使った。
 逆転の策などではない。
 ただの意地だ。
 FAガンダムは急発進する。空中に座すデュエルガンダムに向かって。
 頭部バルカンももう無い。あれだけ積んであった武器は全て失われた。それでもキョウヤは、ライフルを外した右腕を振りかざした。
 デュエルが敵機の接近に気付き、サーベルを構えるが、一歩遅い。
 FAガンダムの拳が、デュエルの顔面を殴り飛ばした。一撃では終わらせない。そのままボディを肉薄させたまま、頭部と拳をひたすらに叩き込み続ける。
 絶え間ない衝撃に、デュエルはビームサーベルを手放してしまう。即座にバックパックから2本目を引き抜くがそれも同じ道を辿ってしまった。
「馬鹿にするなよ」
 ガンプラ同士が直接ぶつかり合う音に混じって、小さくキョウヤの声が漏れていた。その声はあまりに小さく、恐らく誰の耳にも届いていない。無意識のうちに何度も何度も。同じ言葉を繰り返し、そして拳を叩き込んでいく。
 最早両者ともに武器は無い。シールドも無い。
 FAガンダムの鬼気迫る攻撃に、デュエルに成す術は無かった。
 だが、休む間もなく撃ち出している拳は勝負の為のものではなくなっていた。
「馬鹿にするなよ。このFAガンダムを、馬鹿にするな!」
 感情の爆発が拳となって、相手に撃ちこまれていく。
「このFAは、強いんだ。だって――!!」
 言いかけた自分の言葉に驚き、そこでキョウヤは止まってしまった。
 当然、FAガンダムの動きも止まる。
 それは1秒にも満たない時間だった。しかし勝負の世界においては、状況を変えるには充分な時間だった。
 デュエルが動いていた。
 左のサイドアーマーが開く。そのスリットから飛び出して来たものを、キョウヤは見た。
 アーマーシュナイダー。ストライクガンダムの装備である折り畳み式のバトルナイフであり、本来はデュエルガンダムが装備しているはずのない物。だが今、それを目の前のデュエルは握っている。
 瞬時に展開したナイフの刃が超高速振動を起こす。そしてそのまま――刃がFAガンダムの首に突き立てられた。


 FAガンダムの頭部が斬り落とされ、宇宙空間へと投げ出される。
 バトル終了のアナウンスが、月面のバトルフィールドに木霊した。

ガンダムビルドファイターズ・グローイング
第2話   敗北との出会い(後編)   終



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