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ガンダムビルドファイターズ・グローイング 第3話

「つまり、こういうこと?」
「そうですね。ただ、この後塗装することも考えると、もう少し深く削っておいた方が」
「なるほど」
 ナギの言葉に従い、少年は自身のガンプラとにらめっこを再開した。彼はディティールアップの為、ボディの各部にスジ彫りを施してモールドを作っている。不慣れな作業だというので、ナギがそのノウハウを教えているのだ。
 教えている相手は、彼ひとりではない。
 サニー模型の工作室には現在、7人が肩を並べている。ナギを囲むような形になり、一様にその講義を受けていた。
 先日。
 ナギはこのサニー模型に集う高校生の中では一番の実力者、サカキバラ・キョウヤに勝利した。サニー模型には彼のファンが多かった。キョウヤの使う追加武装を施したFAガンダム。その改造方法やコンセプトを模倣していたファイターは多かった。
 それを倒したのが、ナギのデュエルガンダムHD。
 製作者の嗜好を強く反映させるのではなく、キットを徹底的に作り込むことで性能を限界まで上げる。強くなる為の道程はいくつもある。だがナギのような方法だけでそこまでの成果を出したことは、サニー模型に集う同世代ファイター達には驚くべきことだった。彼らとて、決してこれまで愛機を適当に作っていたというわけではない。
 だが、愛機をもっと強くする方法があると知ればこうもなろう。
 ガンプラバトルに限らず、実力者は当然評価される。
 こうしてナギは、引っ越してばかりのタチカワの地で、早くも友人たちを得ることができていた。居場所が出来ていた。
 だが、それは決して曇りなく喜べるものでもない。
「おーいナギ。俺のも見てくれねえか?」
「はい。今行きます」
 しかし友人達は、そんな彼の気持ちなど知る由は無い。

ガンダムビルドファイターズグローイング
3.余計なお世話

「お前ら、もう閉店時間だぞー。とっとと帰れー」
 店長のいつも通りの号令が、工作室に響き渡る。
 熱中していると、過ぎる時間はあっという間だ。各自、広げていたガンプラと道具一式を慣れた手つきで片付けていく。
 帰り支度を終えた者達から順に、別れの挨拶を口々にしながら工作室を出て行く。
 彼らは皆高校生という括りこそ同じだが、同じ学校の者は少ない。この近所に住んでいるということと、この店で共にガンプラバトルに夢中になっていることが共通項だ。
 だからであろうか。
 この店が閉まるのと同時に、なんだか途端に彼らとの距離を遠く感じてしまう。
 一応、自分が皆に製作技術を教えるという目的で集まった面々だ。ナギは最後まで残り、忘れ物や片付け忘れたゴミなどが無いかをチェックする。
「それは俺の仕事だから、お前も帰っていいんだぞ?」
「いえ。こういうのはやっぱり、ちゃんとしないといけません」
 店長がそう声をかけてくれるが、毎度ながらナギはそれを丁重に断る。店長の方も、もう何度もこのやり取りを経験しているので、止めても聞かないと分かってくれている様子だ。
 工作室を見回るが、特に問題は無さそうだ。
 自分の荷物を手に取ると、部屋の照明を落とし、部屋を後にする。
 もう他の客の姿はない店内。
 ナギは一人進むと、カウンターで作業する店長に声をかけた。
「工作室ありがとうございました」
「あいよ。で、今日はどうするんだ?」
 背を向けたままで、そう問いかけてきた。
 これもまた、ここ数日繰り返したやりとりだ。最初のうちはナギから切り出していたのだが、もう店長の方から聞かれたのは今日が初めてだ。
 申し訳ないと、思ってはいる。
「……お願いします」
「ここ片付け終わるまでだからな。1ゲームだけだぞ」
 こちらを見てはいないが、店長に向かって深々と頭を下げる。
 顔を上げると、ナギは店内を引き返していく。
 工作室の手前にある、バトルシステムの置かれたフロア。この店には4基のバトルシステムがあり、それぞれが普段はパーテーションで仕切られている。入り口から見て一番手前。「A」と表記されたシステムだけはまだ、電源を落とされずに稼動している。
 バトルシステム側のベンチに荷物を置くと、腰のホルダーに手を伸ばす。
 中に入っているのは自身の愛機であるデュエルガンダムHD。
 今の自分に作れる、最高傑作であるという自負はある。同時に、これよりももっと上手な、強いデュエルガンダムを作りたい。初めてガンプラを、いやデュエルガンダムを作った日から今も色褪せない欲求。
 店で顔を合わせる皆は、自分のガンプラを褒めてくれる。参考にしてくれる。それはガンプラファイターとして、とても嬉しいことだ。
 だからこそナギは閉店後のこの、誰も居ない時間を使わせてもらっている。
 ホルダーの中から、別のパーツを取り出す。デュエルのバックパックを交換し、普段はシールドしか付けていない左手にビームライフルをもう一丁持たせる。
 デュエルガンダムHDは、通常のデュエルとは異なりパックパックを交換できるようにしてある。その規格は単なるハードポイントの追加ではない。同シリーズのストライクガンダム、その独自機構であるストライカーパックシステムの仕様になっている。外から見ても分からないだろう。事実、仲間達の誰一人して、このことには気付いていない。
 普段は使っていないのだから当然ともいえる。
 エールやソードなど、各ストライカーパックの装備は当然可能。どれも試してみたが、納得のいく性能にはならなかった。だから今日は既存の物ではなく、自作のストライカーパックを装備させたデュエルを手に、ナギはバトルシステムの前に立った。


 バトルフィールドは、海。
 少ない足場。空には、灰色を通り越して黒味がかった厚い雲。そして機体に激しく雨が振りつける。嵐の海上。
 機動戦士ガンダムSEED DESTINY作中で、デスティニーガンダムの初陣となった舞台を思い出させる。
「飛行試験が出来れば、問題はないか」
 誰にでもなく、ナギはつぶやいた。むしろ条件が悪い中でもどこまで動けるか。それが測れると考えれば悪くはないフィールドだ。
 雨粒に突っ込むようにしてナギのガンプラが飛ぶ。
 あえて名を付けるなら、ファイアデュエルガンダムHD。ファイアストライカーと呼んでいるオリジナルストライカーを装備した姿だ。
 ファイアストライカーのベースとなったのは、もっとも使い勝手のよいエールストライカーだ。そこにデュエルガンダムの追加武装であるアサルトシュラウドと同じように追加武装を施して作られた。機動力と火力を強化する為のストライカーパックとなっている。
 一応形にしてあるが、まだ完成とは言い難い。
 今日はその為の試運転ともなっているのだ。
 最大加速。それに至る所要時間。
 急停止。急旋回。
 ファイアストライカーを装備したことによる機体性能の変化を一つずつ確かめていく。
 現在のバトルシステムは、プラクティスモード。ダメージレベルは、一切がガンプラに反映されない、レベルC。モックを中心とした各作品で代表される機体を、CPU操作で仮想敵として出現させることもできる。バトルを行っても、作り立ての試作パーツを壊すことは無い。
 だが、バトルとなると少しばかり時間がかかる。流石にそれは店長に悪いだろうか。
 その時だった。
 ナギのコックピットモニターに、警告文が浮かぶ。その意味は、
「乱入者だって?」
 警告文が消える。入れ替わるようにモニター上、ナギの操るファイアデュエルの真正面に機影を捉えた。
 嵐の中を向かってくるのは、目に鮮やかな水色と青。特徴的な機体であり、しかも原典に極めて近いまま作られているので特定に時間はかからなった。
「ディジェだ。エゥーゴ時代のアムロ・レイの搭乗機。それにしても……」
 あのガンプラを使っている人を、ナギはサニー模型で見たことがなかった。とはいえ、まだナギもこの店に通う様になって一週間ほどだ。知らない相手がいたとしても不思議はない。ガンプラを作りバトルさせているのは、自分たち学生世代だけではないのだ。
 面識のない相手。
もしそうなら、何故乱入してきたのか。
『勝手に入ってごめんなさいね』
 ナギが考えるより早く、通信が入る。開かれたウィンドウに映し出されたのは、サングラスをかけた女性の姿だった。やはり見覚えのある相手ではない。
 少しだけ、安堵を覚える。
『出来上がったばかりのこの子を、どうしても動かしてみたくてね。我慢できなかったのよ』
「そうですか。僕も同じです。試運転させできれば、それで構いません」
『あら、せっかくなんだからバトルしましょうよ』
 女性はさも当然、という様子で言ってくる。
 思わずため息をついてしまう。
「すみませんが、まだ僕のガンプラは未完成なんです。バトルをするつもりはありません」
『だからこそじゃない。そのデュエルガンダム、コンテスト用でもあるまいし。飛び回っているだけでいいわけがないわ』
 思わず返事に詰まってしまった。バトルが出来るのはガンプラのテストとしては最もしておきたいことなのは事実だ。しかも相手がCPUで無いのなら尚更だ。
 だがそう思ってからすぐ、しまったとナギは気付くが遅い。
 ウィンドウに表示された女性が、にやりと笑った。
「ダメージレベルはC。壊れる心配はなし。お互いに試運転の真っ最中。利害は一致ね」
 もう何を言っても無駄であろう。
「……お手柔らかにお願いします」
「ええ。こちらこそ、よろしく」
 女性が元気よく返事をする。直後、彼女の操るディジェの構えたビームライフルが光を放った。
 それが試合開始のゴングとなった。
 真正面から放たれたビームの閃光は、暗い雨空を貫き一直線に軌跡を描く。避けるのは難しくなかった。いや、これは攻撃というほどの意志を感じさせない。挨拶のようなものだろう。
 機体をロールさせて相手の攻撃を回避。
 その隙に、ディジェは機体を降下させていた。
 ファイアデュエル、その背面に装備したファイアストライカ―がもたらす空中制御機能は充分な飛行能力を発揮している。
 かたや、ディジェには飛行能力が無い。そう長く空中にいることができないのだ。
 ライフルでのけん制射撃を数発繰り返しながらと、ディジェは近くの岩場へと着地した。
『ドダイでも持ってくるべきだったわ。フィールドとの相性最悪』
「いきなり言い訳ですか。大人気ないですね」
『ぼやいただけよ。悪いけど、練習だろうと手を抜く気も負ける気もないから』
「その方がありがたいです」
 ナギは言いながらも、両手に構えたビームライフルをディジェへと向ける。
 ファイアストライカーによって機動力と火力を得たが、まだ足りない。そう考えて今回は同じライフルを2丁装備してきている。制空権を取れているというこのアドバンテージ。活かさない手は無い。
 両手のライフル。そしてストライカーに装備された2門の115mmレールガン・シヴァを一斉に撃ち出す。
 ディジェは起伏の少ない岩場を滑るように移動し、これに対し回避行動を取る。
『オリジナルのストライカー……アサルトシュラウドとエールストライカーを兼ねてるわけね。見たところ、ミサイルポッドは積んでないようだけど』
「重量が増えるのが嫌でしたので」
 初期の形では、彼女の指摘通りアサルトシュラウドをそのまま移植するようにして、左肩部にはミサイルポッドを載せていた。しかし機動力を優先してシヴァを追加装備させることにしたのだ。
『成る程ね。ただ、そのせいで攻撃範囲が狭まってる』
「あなたに負けるようなら、もう一度検討しますよ」
 デュエルガンダムは攻撃の手を休めない。
 相手のディジェは、回避行動に徹している。鈍重な見た目に反して動きがかなり速い。しかも見た目に機動力を強化している様子もない。相手のガンプラの出来栄えが動きからだけでも伺える。
 そして悔しいが彼女の言葉通り、これだけの武装による一斉攻撃だが相手に命中してはいなかった。
 思わず歯噛みする。しかし、この状況は決して無駄ではない。
『うおっとと!』
 わずかにだがディジェがバランスを崩しかけるが、すぐに立て直す。
 繰り返す攻撃が足場となっている岩盤を抉り、削っていたのだ。徐々に起伏の激しくなった足元がディジェの機動力を奪い始めていたのだ。
『射撃の腕が悪いのかと思ったけど、これを狙ってやったのかしら?』
「想像にお任せします」
 決して広くは無い足場を壊され、ディジェの移動範囲が狭まる。
 だが、ナギの狙うチャンスはその後に訪れた。
 ディジェが、攻撃によってできた足元のクレーターを避ける為に――岩盤の端に寄った。
(――今だッ!)
 素早くウェポンスロットを操作。
 両手のビームライフル。その銃身下部に備えたグレネード弾を2発同時に発射した。
 狙いは、ディジェの足元。
 相手を挟みこむようにして着弾したグレネード弾が、更に岩盤を破壊する。その威力は、先までのビームライフルやレールガンの比ではない。もっとも破壊力に優れた武装だが、この2発しか使えない。しかし、ナギの狙った通りの効果を発揮した。
 ディジェのいる足元ごと、岩盤が切り崩される。
『げっ――』
 女性らしからぬ悲鳴らしき声を掻き消すように、ディジェと岩盤が豪快な水しぶきを撒き散らして海へと落ちていく。
 それを確認すると、ナギはファイアデュエルを更に上昇させ、眼下の海面へとライフルを構えた。
(相手は海面から、再び岩場に上ろうとするはず。その瞬間を狙う)
 慌てて海面に姿を見せる時。その瞬間を見逃してはならない。
 ファイアストライカ―の空中制御により、ホバリングしながら射撃体勢を取る。
 嵐は勢いを弱めない。常に荒々しく波打つ海面の、小さな変化も見逃すまいと集中する。ディジェが海面に飛び出す時。海面にも変化が生じるはずだ。カメラを望遠に切り替える。
 しかし、変化はほかの場所で起きた。
 ファイアデュエルの構えていた右腕のビームライフルが、突然爆散した。
 カメラを望遠にしていたのが仇となった。一瞬、ナギには何が起きたのかを判断することが出来なかった。
 その隙を突く様に、今度は左に構えたライフルも炎を上げる。
 何が起きたのか、カメラを通常状態に切り替えたナギは理解する。
 ほぼ直下からの――ビームライフルによる射撃。
『テンパってすぐ顔を出すとでも思ったのかしら?』
 声が響くや、ディジェが一気に海中から飛び出してきた。
 荒れる海面ギリギリで機体を止め、ライフルの銃口だけを海面に出して狙撃してきていた。空中で静止している、こちらの方がまんまと的にされてしまったのだ。
『これでも場数は踏んで来てるのよ!』
 相手が猛スピードで迫ってくる。
 手にはビームサーベル――いやビームナギナタを構えて急上昇してくる。  
 幸いにも、両手のマニュピレータは完全ではないがまだ生きている。ファイアストライカ―に装備された2本のビームサーベルグリップを握り締め、デュエルも白兵戦に応じる構えを見せる。
 ビームナギナタを展開したディジェが、デュエルの背後に回り込んできた。
 回頭する時間は無い。だが、その必要も無い。
「ライフルが無くても!」
 ファイアストライカーに装備されたシヴァは、全方位への可動範囲を有している。本体であるデュエルとは異なる方向にでも攻撃することができるのだ。無論、真後ろであっても。
 素早く回頭した2門のシヴァが、後方から迫るディジェへと速射弾を撃ち出す。
 しかし予想されていたのだろう。
 左肩に装備したシールドで、受け止められてしまう。
 それでも続けて攻撃を加えれば――そう思ったナギの視界に、警告ウィンドウが浮かび上がった。
「……弾切れっ!?」
『あれだけ景気よく撃ったらね!』
 ディジェが間合いを詰める。
 抜刀しながら振り返ったデュエルが、2本のサーベルでそれを迎え撃った。
 真っ向から振り下ろされたナギナタを、かろうじて眼前で受け止める。

『なるほど確かに……あなたのガンプラ、未完成って感じね』
「だから色々、試しているんじゃないですか」
 語り掛けてきながらも、ディジェは力を緩める様子がない。サーベル2本で受け止めているのに、出力では完全にデュエルが押されていた。ダメージを負ったマニュピレータのせいではない。これは単純に、相手のビーム刃の出力が上なのだ。
 徹底した作り込みで強化されているデュエルガンダムのサーベルを、押し返せるだけの出力を相手が備えているということ。
『仲間に隠しているのには、何か意味があるの?』
 不意の言葉に、ナギは思わず表情を曇らせた。
「……あなたに関係ありますか?」
『関係なんか無いわ。じゃあ質問を変える。どうして、サカキバラ・キョウヤみたいな改造を、人に隠れてやっているの?』
 その問いに、思わずナギはガンプラを操作する手を緩めそうになった。
 瞬時に立て直すが、気持ちの方は完全に乱されてしまっていた。怒りの感情が内に湧くのをじわじわと自覚する。
『別にいいじゃない。そのデュエルの改造プランは、決して悪くない。ただ、店長に頼み込んでまで閉店後に一人で作業しているのは、何故なのかしら』
 ビームナギナタの刃が、少しずつ迫ってくる。
 そこでナギは、眼前に迫った刃を見てようやく気が付いた。
 サーベルの出力に差があるのではない。そんな単純な話ではなかった。ディジェのビームナギナタの刃が、デュエルのサーベルを飲み込むようにして、一体化するかのようになる様は――世界大会で見たことがあった。
相対したことは今日までなかった。
当然だろう。この技術は、それこそ世界で戦えるほどのレベルでなければ扱えないのだから。
(粒子変容サーベル! こちらのサーベル出力に競り勝ってるんじゃない。無力化されているんだ)
ガンプラの完成度による、高い性能。
そして、粒子変容技術を用いたビームナギナタ。
相手の素性は知らないが、もうそんなことはナギにとって気にならなかった。
「やっぱり……大人気ないですね」
『よく言われるわ、それ』
精一杯の皮肉は言ってやった。
ディジェを駆る女性は、また笑った。大人には見えない、見た目よりもずっと幼く感じるほどの無邪気な表情だった。
おかげで、そこまでの悔しさを感じずに済んだのかもしれない。
ディジェのビームナギナタが、抵抗していたビームサーベルを真っ二つに切り裂く。そして、デュエルガンダムの頭部から胴体までを一気に両断した。

 <PRACTICE BATTLE MODE END...>

「カスタマイズが、苦手なんです」
 バトルシステムはもう灯りを消している。ぼんやりとした照明に照らされているだけのバトルルームで、ナギは呟くように話し出した。
「初めて作ったのがデュエルガンダムなんです。それから色んなキットを作りました。作ったんです。でも、僕にとってのガンプラって……これなんです」
「それで、ここまで一心に作り込んだのね。関節も別のキットから移植してるでしょ。可動域が元キットとは全然違った。見事だわ」
 バトルシステムの向かいには、先程の女性が変わらず立っていた。
 彼女の言葉遣いは、やや乱暴に感じる。しかし不思議と不快には思わず、自然と言葉が続いてしまう。
「でも、僕はあなたほど上手くない。それでも、誰にも負けないデュエルを作ろうとしてきました。でも、駄目なんです」
 デュエルガンダムは、機動戦士ガンダムSEEDに登場するガンダムのプラモデルである。
 それをどう改造しようが、縛りはない。
 ガンプラは、自由なのだから。
 だが、ナギのデュエルガンダム改造は止められているのだ。
 障害となっているのは、他でもない。
「僕が、僕のガンプラに納得できないんです。バトルで負けたくはない。でも、その為だけに武器を変えたり、増やしたり。そういう機体バランスや設定の整合性も考慮されてない、子供じみた改造が好きになれないんです。他人の作品をそうやって選り好みするのに。結局自分も、同じことを繰り返してしまう」
 アトミックバズーカを持たせてもいい。バスターライフルを持たせてもいい。GNドライブを組み込んだっていい。人によって好き嫌いはあるだろうが、それを止める権利は誰にもない。
 それなのに、そんなのはデュエルガンダムじゃないと否定してしまう。
 アサルトシュラウドもブルデュエルも、レーゲンデュエルなどの派生機も試してみたが駄目だった。
 あれは、イザークを初めとした劇中パイロット達のものだ。
 カマヤ・ナギの為のガンダム、いやガンプラは、デュエルガンダムでなければならない。でも、既存のものと同じでも駄目なのだ。
 転校を繰り返す内に、ナギは色んなファイター・ビルダーと出会った。彼らとの出会いやバトルを重ねた今でも、答えは出ていない。そしてナギはそんな半端なガンプラを良しとはせず、人前ではデュエルガンダムHDを使い続けている。もしかしたら、こうして突き詰めることこそが正しい道なのかもしれない。そんな風に、胸の内で言い訳を繰り返しながら。
 だから彼のことが、気になったのだろう。
「それが 、サカキバラ・キョウヤに喧嘩を売った理由でもあるわけね」
 女性の言葉に、無言で頷く。
「あんなに腕がいいのに、どうして中途半端に手を加えるのか。意味が分からなかった。見ていられなかったんです。気が付いたら、バトルを申し込んでいました」
 キョウヤのFAガンダムは、見事な出来だった。
 傲慢と思うかもしれないが自分と同年代で、同等の技術を持つ相手と言うのをナギは数えるほどしか知らない。そして例外なく、彼らには揃って尊敬できる点があった。
 だがキョウヤにはそれがなかった。いや、分からなかった。
 あれほどの完成度を誇るFAガンダムに、むやみに武器を付け足して性能を落とすような人間とは思えなかった。才能を無駄にするような、せっかくのFAガンダムを苦しめるような彼の方針を、見過ごせなかった。
 誰がどう作ろうと、ガンプラは自由であるというのに。
「私も同じことを、どうやって彼に伝えようか考えててね。そしたら、代わりにやってくれたヤツがいるって店長に教えてもらったの」
「だから、僕にバトルを?」
「キョウヤを倒した実力を知りたくなったの。バトルログは見せてもらってたんだけど、やっぱりこういうのは直接確かめないとと思ってね」
 ウィンクしながら、バトルフィールド上で動かなくなったディジェを手に取る。ここまで綺麗で丁寧にガンプラに触れる人を、ナギは今まで見たことが無かった。
「偉そうなこと言ったって、反省してます」
「ああ。ごめん。別にそういう説教しようっていうんじゃないのよ。だから謝らないで」
「でも……あれから彼、この店に来ません」
 ナギがキョウヤのFAガンダムに勝利した日から。
 一度も彼はこの店に来ていない。
 たまたまナギと会わなかった、ということではない。彼と同じ高校に通う面々も、誘ったが断われたと聞いている。
 そこまでしてやろうと思ったわけではない。感情的にはなったが、叩きのめしたかったわけではないのだ。根底にあったのは彼のFAガンダムをより良くしてほしいという想いだった。
 それが自分個人の意見でしかないとわかっていたのに、結果は彼を追いやることになってしまった。 
 彼はビルダーとしてだけでなく、ファイターとしても実力があった。バトルをしたから分かる。あそこまで追い詰められたのは久しぶりだった。人前では使わないと決めていた、デュエル本来の装備ではないアーマーシュナイダーを咄嗟に使わねばならないほどに、サカキバラ・キョウヤは強かった。
 出来れば、彼とはもう一度――
「戦いたい?」
 ずばりと言う。
 ナギは、思わず俯きかけていた顔を上げる。彼女はまた、あの笑顔を浮かべている。
「今は彼の心配はしないでいい。心配すべきは、自分のことね」
 言って視線を向ける先には、ナギの試行錯誤の形。ファイアデュエルガンダムHDがあった。
「キョウヤもあなたも、もう少し悩んで。苦しんで。ガンプラは、その努力と苦労に応えてくれるから」
「……そうするつもりです」
「それは結構。じゃあ、期限を決めましょうか」
「期限、ですか?」
「あなたの、あなたらしいデュエルガンダムを完成させる期限よ。ちょうど一か月後、大きめの大会がある。ヤジマ商事公認のね。隣のハチオウジ市で定期的に開かれるの。それに出場しなさい」
 随分と急な話である。
 思わず返事に詰まってしまう。
「言っておくけど、そのデュエルで来るんじゃないわよ。個人的には好きなんだけど。君なら言わなくても分かっているとは思うけどね」
「もちろんです。でも……」
「いいからやってみなさい。キョウヤにもこれから話すけど、ちゃんと出場させるから」
「彼が出ないとは考えないんですか?」
 当然の疑問を口にする。
 だが女性は、なんの憂いも感じさせない。
「相手がなんと言おうと、イエスと答えさせるわ」
 これまたとんでもないことを言う。根拠としてもさっぱりだ。
 たが顔を合わせ、バトルをした後であれば話は別だ。彼女の本気のほどは、もう分かってしまっている。
「まだ具体的なものは、何もないですけど」
「逃げれば追われるだけよ。徹底的に、向き合ってあげて」
 歩み寄って来た女性が、バトルシステム上にいるデュエルガンダムを手に取り、ナギに差し出した。
 背負わせたファイアストライカーは、少し離れて見ると「やはり違うな」と思えた。バトルに負けたからではない。こんな重くて窮屈そうなものを背負っているのは、デュエルらしくない。自分の物差しではそう思うのだ。
 ナギが、初めてカッコいいと思ったデュエルの姿。
 それはおよそ特徴というものがない。事実、設定上もそうであるのだが、そういうものに心惹かれた。そのコンセプトに、ではない。近しい設定のほかのガンプラでは、心動かなかった。
 うまく言葉に出来ないのに、こんなにも意思決定に力を持つ感情。
 この想いは、なんとも説明し難い。
 こんなに悩んでいるのに、迷っているのに答えは出ない。見えない。それなのに――好きというだけで、辞めることも許してくれないのだ。


「相も変わらず、お節介なお人ですね」   ナギを見送り、ようやく店のシャッターを閉めた店長は少しの笑いを含みながら言った。

 やっと営業を終えた店内。カウンターに肘をついて、先程ナギとバトルをした女性が座っている。
 頭を抱えていた。
「だってさぁ。気になっちゃったんだもの。未来ある若者が苦しんでるのよ? そりゃ手を伸ばすわよ。当然でしょ」
「だけど姐さん。試験と課題提出が重なって、全然時間ないってぼやいてたじゃないすか」
「そうよ。そうなのよ。めちゃ忙しいのよ。自分の選んだ道だから、文句言っても仕方ないけどね。でも不満はあるわけ。ディジェだって完成したばかり。まだまだいじり足りないのに、それよりも時間が足りないの!」
「それでも人に世話焼くんですからね。さすがっす」
 バトルルーム前にある自販機で缶コーヒーを2本買うと、片方を彼女の前に置いた。
 聞き取るのが難しいほど素早く礼を口にして、一気にコーヒーを流し込む。味わうという気はなく、単に喉を潤すためだけの飲み方。
 しかし、おかげで多少は落ち着いたようだ。
「もう少しだけ、付き合ってやりますかね」
「微力ながらお手伝いしますよ。出来ることがあったら、何なりと」
「じゃあ早速。もう一人の悩める若者…‥サカキバラ・キョウヤに会ってみたいんだけど」
「ああ。それなら簡単っす」
 間髪入れずに、彼女の問いに答える。
 キョウヤはここしばらく店に顔を出していない。ナギとの件があったので、理由は察することができる。それでも一度、本人に連絡を入れずにいられなかった。
「なんで常連客とはいえ、連絡先知ってるのよ」
「自分の理想は、客でありダチであるって関係なんで。何人かとは連絡先交換してるんす」
「そう。世話焼きなのは、あんたの方ね」
「何言ってすんか。姐さんの影響ですよ、こんなの」
 今店長となっているのも、この店を守り、より良くしようと日々頑張れるのも、全てはかつて彼女が自分にもこうして世話を焼いてくれたからだ。迷惑をかけたことも忘れていない。
 軽い気持ちで、姐さんと呼んでいるのではないのだ。
「キョウヤはうちには来てませんけど、あっちでやってます。俺以外には、教えてないみたいっすけど」
「なんだ、近場じゃない」
 このタチカワ市内で、ガンプラバトルができるところは2か所しかない。
 ひとつがここ、サニー模型。
 もうひとつは駅前にある。数年前までは、そちらに多くのガンプラファイターが集まっていた。
「良かった。遠くにいたらどうしようかと思った」
 そう口にすると、何かを思いついたのだろう。にやりと笑って、缶コーヒーを口に運ぶ。だがもう空になっていた。
 店長は自分の手にあった缶コーヒーも、彼女に差し出した。
「あいつらのこと、頼みますね」
「頼まれなくなったって、やらせてもらうわ」


ガンダムビルドファイターズグローイング


第3話   余計なお世話 終 

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