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GBFG-U 第1話「 正義の仮面」

 宇宙空間に、紅いガンプラが舞う。

 その姿。その名を、現代において知らないガンプラビルダーは恐らくいないだろう。

 ビルダーとしてもファイターとしても超一流の腕を持つ者、メイジン・カワグチ。その三代目が愛用するガンプラ――アメイジングレッドウォーリア。

 レッドウォーリアが胸部ハッチからミサイルを撃ち出し、追う様に飛ぶ。

 眼前には、メイジンと相対するガンプラの姿があった。

 ジムタイプのガンプラだった。全身を強化装甲で覆っており、外見は通常のジムからは大きく変化している。

 その手にはハンドガンが握られていた。そして背部には2本のアームを備えており、それぞれに大型砲身のガトリングとハイパーバズーカを装備していた。

 ジムが、迫るミサイルに向けてハンドガンの引き金を引く。

 放たれたビームはすべてミサイルへと飲み込まれていく。

 直後、爆発が生じる。

 その爆風と閃光を突き抜け、メイジンのレッドウォーリアが飛び出した。手にしたハンドガンの銃身下部には近接兵装であるブレードが備わっている。

 最大加速を乗せ、レッドウォーリアが刃を振るう。

 響く鈍い音。

 レッドウォーリアの刃が、ジムの眼前で止まる。

 ジムもまた、手にしたハンドガン。その先端に備えられた実に短い刀身で、相手の攻撃を受け止めていたのだ。

 鍔迫り合いのかたちとなる2機。

 異なるビルダーの手で生まれ、異なるファイターによって操られる2機。しかしこの2機には、明確な共通点があった。

 武装である。

 刀身の長さや取り付け位置などにこそ違いは有れど、レッドウォーリアとジムの装備する武装はまったく同じものだったのだ。

 膠着状態を破ったのは、メイジンのレッドウォーリアだった。

 バックパックアームを伸ばし、右腕にハイパーバズーカを構える。

 対するジムも左背面に装備したハイパーバズーカを突き出し、左腕に構え――放つ。

 互角の威力を持つ互いの弾頭が炸裂し、宇宙に火花を散らしている……。



 ヨウタは、青空の下で大きく息を吐いた。

 突き抜けるように爽やかな空を見て、それはもはや条件反射のような行動だった。

「ヨーロッパ……初めてなんだよな」

 見慣れぬ街並み。

 ここは、スペイン。今回ヨウタが仕事の為に、初めて訪れた国である。

 様々な土地や人と触れ合えることを、この仕事の利点に挙げる者は多い。ヨウタもその点には同意だ。しかし、見知らぬ土地で仕事をしなければならないと考えると難しいところもある。

 その辺りの舵取りを部下に任せよう。それぐらいの気持ちで、ここに来ていたことを今になって後悔する。

(そういう甘い気持ちでいた自分への戒め……ってことにするか)

 不満を上げても、状況が変わるわけではない。

 ため息一つで気持ちを切り替えると、ヨウタは歩き始めた。

 仕事は、仕事だ。



 首都、マドリード。

 ヨーロッパだけでなく世界規模で見ても屈指の大都市だ。街の賑わいぶりは、馴染みある東京都心部のそれを思い出させた。政治経済の重要施設だけでなく、美術的建造物、レジャースポットさえも抱え込んだこの街の雰囲気は、意外にもすんなりと彼を受け入れてくれた。

 観光用のマップだけを片手に、ヨウタは街を歩く。 

 まもなく夕方になろうという時刻だからか、早いところでは酒を飲み交わし始める人々の姿も見受けられた。

(少し腹ごしらえするか)

 あてもなく街を歩いていたが、ようやく目標を立てるとちょうどすぐ側に、バルらしい看板があった。しかもこの看板には、彼の入店を後押しするようなマークが入っていた。

 ガンプラシステムの設置店舗であることを示すマークだ。

 入ってすぐに、バーカウンターがあった。カウンターと向き合うような形でテーブル席が複数設けられている。その奥には、中庭のようにくり抜かれた空間。その中央に、ガンプラバトルシステムが置かれていた。

 ヨウタの入店に気付いたウェイターが近づいて来て、カウンター席を指し示すのでそれに従う。

 一瞬だけ躊躇したが、ヨウタはビールを頼んだ。すぐに提供されたグラスを手に取った時、店内がざわついた。

 何事かと振り返ってみると、どうやら誰かがガンプラバトルを始めるようだった。奥のテーブル席にいた若い男女のグループの中から男が二人、店内中央のバトルシステムへと向かっていた。店内にいた他の客たちも声を上げ、拍手を送り、これから始まるバトルを煽る。

 なるほどここは、そういう店なのだろう。

 向きを変えて腰かけ直し、カウンターに肘を置くかたちでバトルシステムへと目を向けた。

 屈強な体躯の男がシステムにセットしたのは、ローズガンダムだった。対する男は、背は高いのだが猫背気味の、一見すると弱そうな褐色肌の男だった。だが彼が取り出したガンプラに、思わずヨウタは感嘆の声を漏らす。

 HGスケールのユニコーン。いや、騎士ユニコーンだった。恐らくはユニコーンモードのHGユニコーンガンダムに、LEGNED BB版の騎士ユニコーンのパーツを鎧のように装備させて作られている。手にしたソードとシールドも、BBのものだ。手間をかけて作られたガンプラであることが、離れて見ても分かる。

 同じグループの若者たちだけでなく、他の客たちも声を揃えて、バトル開始のカウントダウンを叫ぶ。

 ここはスペイン。闘牛代わりに、熱狂的にガンプラバトルを応援する土地柄なのだろうか――ぼんやりとヨウタはそんなことを考えていた。

 始まったバトルは、両者ともに実体剣による白兵戦を得意とするガンプラ。

 すぐさま間合いを詰めた二機のガンプラによる斬り合いは、まさに決闘と呼ぶに相応しいものだった。息詰まる攻防は、ますます観客達のテンションを上げていく。恐らく今この店で、冷静に試合を見ているのはヨウタだけだろう。

 ヨウタはビールを口に運びながら、徐々に眉間にしわを寄せていった。

 実際にはプラスチック模型でありながら、両者の剣がぶつかり擦れ合う音はまるで本物の鉄剣のそれである。プラフスキー粒子という技術の凄まじさを改めて思い知る。

 そして、本物であろうと偽物であろうと、闘いというものに高揚する、人の姿も。

 空中を舞ったのは――ユニコーンが手にしていたマグナムソード。

 ローズガンダムの剣捌きが、それを相手の手から弾き飛ばしたのだ。そして次にレイピアの切っ先が捉えたのは、騎士ユニコーンの喉元だった。だが貫くよりも先に、バトルは終了した。

 ユニコーンのファイターが投了したことによる決着だった。

 店内に最大級の拍手が響く。

 バトルを終えた二人も固い握手を交わす。勝ったローズガンダムのファイターは席に戻っていった。仲間達がそれを歓声で迎えるのが見えた。

 負けたファイターはガンプラを回収するとヨウタの席の方へ、カウンターへとやって来た。 

「あの席にビール人数分、お願いしますね」

 ヨウタのすぐ隣に来ると男はそう言った。指差しているのは自分を負かした相手のいる席だった。

 空になったグラスをカウンターに置き、一息ついてから、

「そのオーダー、受けるつもりですか?」

 ヨウタが、店主に声をかけた。

「ガンプラバトルの勝敗によって金銭、もしくは物品のやり取りをすることは禁止されている」

 言いながらジャケットの内ポケットから、手帳サイズのデバイスを取り出した。液晶画面を埋め込まれた、ガンプラバトル公式審判員のライセンスだ。

 店主はそれを見て驚き、手を止める。

 だが、

「えー、ダメなんすか?」

 間の抜けた声を出したのは、ユニコーンのファイターだった。近くで見てようやく気付いたが、彼はもうすでに酔っているようだった。

「自分を負かした相手に敬意を払うだけっすよ。そういう俺の気持ち? 気遣いって禁止されなきゃいけないんすか?」

 絡んでくる、というよりは純粋な疑問というような口振りだった。ヨウタの顔を覗き込んでくる。

 ヨウタも目を逸らしたりはしない。

 嫌でも分かる。

「お、おいビオ」

 手を止めて成り行きを見守っていた店主が、耐えかねて声をかけてきた。

 どうやら彼の名前は、ビオというらしい。

「……まぁ、酒の席ですからね。お店も盛り上がっていた」

 席に腰かけ直しながら、ヨウタはビオから顔を逸らした。

「ただ立場上、OKとは言えない。酒もバトルも程々に。せっかくのガンプラが、ファイターが酔ってたせいで負けるなんてのは可哀想だ」

「なぁんだ。話せる人じゃないっすか、審判員さん。良かったらあなたにも一杯奢りましょうか?」

「それは賄賂だ」

「冗談が通じない人っすね。もう少し肩の力、抜いた方が人生楽しいのに!」

 言いながらビオは、ヨウタの肩を乱暴にバシバシと叩いた。それを見てまた店主が驚いたような顔をするが、酒の入った男の行動をとやかく言っても仕方ない。ヨウタは無視することにした。

 ビオはすぐに、注文した大量のビールと共に戻っていった。

 成る程。こういう国か。ヨウタは一人、頷くように瞳を閉じた。

「店主、ビールをもう一杯お願いします。あと何か腹に溜まる、おすすめがあれば頂けますか」

 

 ヨウタのいるカウンター席のちょうど対角線上。

 ビオは、仲間達との酒の席に戻っていた。先程バトルをした相手のグループに混ざっているのだ。酒を飲み、うまい飯を食い、冗談を言い合い、笑い合っている席の中で――ビオは時折、鋭い視線をヨウタの背中に送っていた。

 だが店内にいる誰も、同じテーブルを囲む者達も、気付く者はいない。

「ちょっとばかし、面倒になりそうっすねぇ」

 隣の席からの笑い声にかき消され、ビオが漏らした言葉を聞く者はいなかった。



「先に行くなら、そう言ってくださいよ」

 腹ごしらえだけのつもりが酒まで飲んでしまったヨウタを、ホテルで出迎えてくれた男がいた。

 アンディ・ウォルナット。

 ヨウタと共に今回このスペインに派遣された、彼も公式審判員である。

 まだ20代前半である彼だが、ヨウタが信頼できる実力を持つ仲間の一人だ。アンディは、とある過去を持つが故に他の審判員達からは邪険に扱われているが、ヨウタには関係ない。

「前の仕事が予定より早く終わったからね。君を急かすこともないだろうと思って」

「連絡の一つくらいしてくれてもいいでしょ。俺はアンタらと違って暇なんですから」

「そう言うなって」

 アンディの愚痴を半分聞き流しながら、二人は先にチェックインを済ませていたヨウタの部屋へと入っていった。

「それで。どうでしたか、スペインの街は」

 冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、差し出してくれた。

「活気のある街だったよ」

「思わず酒を煽りたくなるほど?」

「悪かったって。今度は一緒に飲みに行くとしよう」

「そんな話は、仕事の後でいいですから」

 アンディも取り出したミネラルウォーターを口に運んだ。

 ソファに腰かけたヨウタも、それに倣う。冷たい水を喉に流し込むと、

「収穫はちゃんとあったよ」

 いつもの表情を取り戻して言った。

「酔っても流石ですね」

「思ったよりも早く、一緒に酒を楽しめるかもな」


 

 週末を迎えたスペインの夜は、一層賑やかさを増していた。

 すべての飲食店でパーティーが行われているかのようだ。どの店も人で溢れている。それだけではなく外でさえ、酒を片手に騒いでいる人々の姿が見受けられる。

 そんなお祭り騒ぎのスペインはマドリード市街地。

 ヨウタは部下である、アンディを先頭にして歩いていた。一日遅れで現地入りした彼だが、すでに行く先のリサーチを終えてくれている。彼もスペインに来るのは初めてだと言っていたが、先日のヨウタとは大違いだ。

 すでに何度も仕事を共にしているが、

「やはり君がいると助かるな」

「それはどうも」

 返事は素っ気ないが、いつものことだ。

「ここです」

 しばらくすると、前を行くアンディが足を止めた。

 街のほぼ中心部に位置するそこは、煌びやかな外観に包まれたレストランだった。周囲にはヨウタも名を聞いたことがあるような高級ホテルが立ち並んでいるという立地からも、このレストランの客層や価格帯が容易に想像できる。

 だからヨウタもきちんとスーツを着込んで来た。落ち着いたグレーのスーツに、ブルーのタイ。お気に入りのスタイルだ。

 アンディも一応は白シャツに黒のジャケットを羽織ってきている。だが胸元は開け、ノータイである。

「まだ、ネクタイくらいしろって言う気ですか?」

 気付かず彼の首元を見てしまっていたらしい。

 ホテルを出る前に、一応もう少しきちんと着てはどうかと、提案はしていたのだ。

 この通り、却下されたわけだが。

「服務規程のある職業じゃないからな。ここまで来て、ぶり返す気はないよ」

「先輩だけでもちゃんとしてれば充分でしょう。それに、この格好の方が都合がいいこともあります」

「……そうか」

 最後の言葉の意味は掴みかねたが、今考えるべきことではない。

 気持ちを切り替え、ヨウタとアンディはレストランへと入っていく。

 予想通りと言うべきか。

 店内も、外に勝る煌びやかな装飾を施されていた。気品ある調度品や絵画たちがずらりと並び目を引く。

 声をかけてくるウェイター達に、公式審判員のライセンスを無言で突きつけ、ヨウタ達は目標へ向かって一気に進んでいく。

 内装とは食い違うような、品のない喧噪が店の一角から聞こえていた。その一角だけはパーテーションで他とは仕切られていたが、あまり意味があるとは思えなかった。

 ヨウタとアンディはパーテーションを軽く動かすと、中に入っていく。

 誰もこちらを見ていなかった。パーテーションの奥に広がっているのは、先日のバルでヨウタが目にした光景と大差なかった。

 ガンプラバトルを囲み、熱狂する人々。

 そしてシステム上でバトルを繰り広げているのは、ガンダムOOに登場する可変MSのガンダムキュリオス。相対するのは、白い騎士のガンプラ。先日のバルで、ビオと呼ばれていたファイターが使っていたガンプラ――剣闘士ユニコーンだった。

 それを確認すると、ヨウタはアンディに目配せをする。

 指示の意図を即座に理解し、彼が人波をかき分け、バトルシステムとギャラリー達の間に割り込むと、

「このバトルを中止しろ。これは、ガンプラバトル公式審判員としての命令だ」

 ライセンスを高々と掲げ、アンディが声を張り上げた。

 突然の乱入者に、会場中にどよめきが広がる。何が起こっているのか、理解できていないと言った様子だ。

 その隙に、ヨウタもまた行動している。

 空いていたプレイスペースに滑り込み、紺色に染め上げた自身のGPベースとガンプラをセット。バトルフィールドへと突入していったのだ。



 システム上に広がっていたのは、宇宙。

 機動戦士Zガンダムにおいて最終決戦が行われた宙域を再現したものだった。巨大なコロニーレーザーがフィールドの大半を埋めるこのマップでは、ガンダムファンならばおのずとこの中で激闘を繰り広げたくなってしまうものである。

 そして御多分に漏れず、キュリオスと剣闘士ユニコーンの戦闘もまた、このコロニーレーザー内で展開されていた。

 ヨウタは自らのガンプラもまた、コロニーレーザー内へと突っ込ませる。

 すぐに2機の姿を捉える。

「バトルを中止しなさい」

 ガンダムキュリオス、剣闘士ユニコーンの間に割り込み、双方に強制の通信回線を叩き込む。

 2機の動きが流石に止まる。

「こちらはガンプラバトル公式審判員です。このバトルには不正取引が行われている」

『な、なんのことだ!?』

 キュリオスからの通信。

 映し出されたモニターには、額に脂汗を浮かべた恰幅の良い中年男性の姿。彼がこのパーティの主賓、

「ミスター・クラウディオですね。白を切るのは時間の無駄です。このバトルは八百長だ。勝敗は、事前に決められている。息詰まる攻防の果ての、あなたの勝利。パーティーの見世物としては悪くない。しかし、金銭によってバトルの勝敗を決するのは禁止されている。そして恐らく……」

 ヨウタは、自身のガンプラの腕をゆっくりと上げる。

 彼のガンプラ。

 それはジムの改造機。

 ヘッドはジムⅢ。ジムベースに濃紺の強化装甲を装備したカスタムジム――登録名はジムボルト。

 その右手に構えたハンドガンの銃口が、キュリオスをまっすぐ捉える。

「このバトルの勝敗を、パーティー参加者に賭けさせていますね。そしてあなたに賭けた人達がいる。勝敗を、知った上でね。個人単位での賭博。そして、ガンプラバトルの賭博利用も、禁止行為だ。すぐにシステムを終了させなさい」 

 クラウディオに向けられているのはプラスチック模型の銃口。

 しかし放たれているヨウタの気迫は、並の人間が耐えられるようなものではない。戦い続けてきている彼の気迫は、仮想のモノではない。

 本物だ。

 実際に彼が引き金を引いたとて、ガンプラが壊れるだけである。

 しかしクラウディオは、ヨウタの言葉と気迫に完全に圧倒されていた。

 数秒とかからず、クラウディオの映し出されたモニターが閉じる。そして目の前にいたキュリオスの瞳は光を失い――フィールド床に落下した。強制ログアウトしたのだ。

 ヨウタのジムボルトは、それを見届けると向きを変えた。

 白いガンプラ。ビオの剣闘士ユニコーンがまだフィールドに残っている。

『やっぱりアンタっすか。匂いで分かりましたよ』

 ビオからの通信。彼の表情には、先日と変わらない飄々とした笑みが浮かんでいる。

「随分と鼻が利くんだな。人を匂いで覚えるのか?」

『まさか。自分はずっとこういう暮らしなんでね。匂いで分かるのは、相手が逆らっていい相手がどうかって、ことだけです』

 言いながら、彼の剣闘士ユニコーンがゆっくりと動き出す。

 右手の中で剣を遊ばせながら、

『もしかしなくても……俺のせいすかね』

「そうなるかな。負け屋のビオ、随分とヨーロッパ各国を転々としているようだね」

『顔がバレると商売にならないんすよ。だからスペインも、この仕事を最後にしようと思ったのになぁ』

「僕が来た時点で、動くべきだったな」

『それは考えたんすけどね。でも、この仕事は久々にギャラが桁違いだったんで……あぁ、失敗失敗』

 ユニコーンが動きを止める。

 互いに構えこそ取っていないが、ジムボルトとユニコーンが正面から対峙した。

『俺は逮捕、すか?』

「改めてみないと分からないが、良くても厳重注意だな。しかしビオ、君には答えてもらわないといけないことがある」

『出来る限り答えますよ。だから少しは、そっちも容赦してくださいね』

「ビオ。君のその仕事は、個人でのものか。それとも……組織的なものなのか?」

 その言葉に、一瞬だけビオはこれまでと違う反応を見せた。

 ヨウタはその一瞬を見逃すことは無かった。

 これまで飄々とした態度を崩さなかったビオがほんの一瞬だが、表情を曇らせた。明らかな反応を見せたのだ。

 それだけで充分である。

「僕らが来たのは、何も君を追ってのものではない。このヨーロッパを縄張りにする、ある組織を追っている」

『……ああ。それはマズいっすね』

 ビオが笑った。

 笑ってはいるが、余裕がなくなった。そんな印象であった。

 そして、その意味をヨウタはすぐに知ることとなる。

 ヨウタのコックピットブース内に、激しいアラート音が響いた。

『ただ俺の仕事を潰しに来ただけ。それなら良かったんすけどね。彼らの結束は固いんすよ。なんせ、ファミリーですから』

 アラート音が鳴り止まない。

 そして次々と表示される警告ウィンドウ。それはこのバトルフィールドに、先程のヨウタ同様の乱入者が現れたことを伝えている。

『俺みたいな末端が狙いじゃないなら……こうなりますよ。審判員さん、ただじゃあ帰れませんぜ?』

 次々とフィールド上に現れたガンプラ達。

 それらは皆、ビオの剣闘士ユニコーンと並ぶように、ヨウタのジムボルトと向かい合うようにして制止した。

『先輩。何人かがバトルシステムに入りました』

 左下に小さくモニターが開く。

 映し出されたのは、相棒のアンディだった。彼が持つ携帯端末はバトルシステムとの直接交信ができる。

「そのようだね。そっちはどうだい?」

『もうちょい時間もらいます。そちらへの助太刀は期待しないでください』

「分かった。無理はするなよ」

『仕事はこなします』

 それだけ言うと、アンディからの通信が切れた。

 どうやらこの仮想のバトルフィールドの外も、似たような状況のようだ。

 たった二人で敵陣のど真ん中に突っ込んでしまったというわけである。

 しかし、

「……俺も、仕事をこなすとするか」

 緩みかけていたネクタイを、締め直した。

 目の前に現れたガンプラの数は――ざっと10機。



 アンディは、首元に伝ってきた汗を乱暴に拭っていた。やはり、タイをしてこなかったのは正解だった。

 まだ相手の全貌は知れていないが、それなりの規模の組織だろうことは予想していた。そして、こういう展開になってもおかしくはないと考えてはいた。

 アンディは周りを、十数人の屈強な男たちに囲まれていた。

 バトルシステム内でのヨウタとビオのやり取りは、この部屋の壁一面に広がった巨大スクリーン、そして店内複数箇所に設置された吊り下げ式のモニターに映し出されていた。

 いや、映し出してやったというのが正しいか。アンディがそうするように仕組んでいたことだ

 今晩この店を事実上貸し切り、自身が開いたパーティー内で賭博ガンプラバトルを行ったクラウディオという男は、今アンディの足元で丸くなっている。驚きと恐怖に縮こまっているのだ。

 彼は被疑者であり、大事な証人にもなり得る。

「そのまま動くんじゃないぞ。万が一逃げたりしたり、刑が重くなるだけだからな」

 クラウディオを見下ろしてそう言いはするが、返事はない。仕方ないだろう。

「お前こそ、逃がしはしねぇぞ審判員」

 周りを囲む男の一人が、シャツの裾を捲りながら近づいてくる。

「そのつもりはないから安心しろ。それに……」

 思わず口元に笑みが浮かぶ。

「正直言うと、こんなにぞろぞろと雁首揃えて出て来るとは思わなかった。探す手間が省けて助かる」

「あんまり余裕かましてると、俺達も加減できなくなるぞ?」

「お前も。バトルシステムにいるヤツも、晒し者にしてやるよ!」

 口々に叫びながら、彼らは懐から折り畳み式の警棒やバタフライナイフ、メリケンサックなど多彩な凶器を構え始めた。それらを見渡してから、アンディは安堵した。

(拳銃がないなら、なんとかなるだろ)

 小さくだが一息つく。

「まずはお前だ。その後で、俺らもバトルシステムに入って、今度は公式審判員様の処刑ショーを放送してやるッ!」

 最初に前へと出てきた男が叫びながら突っ込んで来た。

 手にした警棒を振り下ろしてきたのを、アンディは真正面から腕で受け止めた。

 鈍い音が響く。

 その音で、男はすぐに気付く。

「万が一に俺をやれても、それは無理だな」

 アンディはカーボンスチール製の警棒を素手で受け止めて、平然としている。

 いや、素手ではない。

 彼はシャツの下に装備していたのだ。これは弾丸でも受け止められる強度を誇る、SPなどが使用する手甲だった。

 驚いている男の、がら空きになっている腹部にもう一方の拳を叩き込む。無論、こちらの腕にも手甲を付けている。

 その威力に男は床へと崩れ落ち、もんどりうっている。

「向こうはもう……先輩の独壇場だ」



 バトルフィールド。

 コロニーレーザー内に突っ込んで来たのは、計10機の多種多様なガンプラ達だった。

 彼らも大声で啖呵を切ったものの――ものの数秒で3機が撃墜されていた。

『情けねぇ奴らだ! 俺が手本を見せてやる』

 叫んで前に出たのは、メリクリウスだった。

 前面にプラネイトディフェンサーを配置。自らの正面に電磁フィールドを展開し、突っ込んでいく。

 対するのは一機。ヨウタのジムボルトだけである。

 ジムボルトはコロニーレーザー内を飛び回る。底部に多数に備え付けられた巨大な試験管のようなレーザー発振器の隙間を、縫うように飛んでいて誰も捉えることができない。

 高速機動の最中、メリクリウスの接近に気付く。

「個々に突っ込んできてくれて助かるな」

 ヨウタはウェポンスロットを操作。

 呼応するように、ジムボルトの左背面のアームが動く。装備されていたハイパーバズーカが、左腕に構えられる。

 照準を合わせて数秒。

 向かってくるメリクリウスの頭上に、バズーカを撃ち込む。爆発でレーザー発振器が吹き飛び、その巨大な破片がメリクリウスに降り注ぐ。

『こんなもんで俺を潰せるわけ――!』

 メリクリウスが、プラネイトディフェンサーを移動させた。機体上方にフィールドを展開する。

 軽率な、しかし狙い通りの動き。

 次の瞬間。

 メリクリウスの胴体に、風穴が空いた。

 無類の防御力を誇るシールドをすべて上に向けた隙を、ヨウタとジムボルトは見逃さない。いや、狙っていたのだから。ハンドガンから放たれたビームは直撃。それによって出力を失った電磁フィールドも消失し、メリクリウスはレーザー発振器の下敷きとなった。

 これで4機が、ジムボルトによって撃破された。

 始めこそ数で優位に立っていた乱入ガンプラ達だったが、ここに来てようやく状況を理解したようだ。

 全機が一斉に動き出した。

 その先頭に立つのは、

『やっぱりヤバい人だ!』

 ビオの剣闘士ユニコーンが、マグナムソードを振りかざして突っ込んでくる。

 ジムボルトが横に飛んで、距離を取る。

 だがユニコーンは――速かった。

 すでに剣闘士ユニコーンのバトルは見ている。しかし、その時より明らかに速い。

「成る程。腕が立つからこそ、負け屋として上手く立ち回れるわけか」

『今更褒めても遅いんすよ!』

 ビオの剣闘士ユニコーンは脚部に推進力を強化する改造が施されていた。その機動力は、ジムボルトにとって好ましくない間合いを生み出している。

 意図的に、距離を詰めてきている。

『おたくのガンプラ、射撃が得意みたいっすからね。その背中の大層な武装も使わせませんよ』

 首を狙うような横薙ぎのソードを、ジムボルトはハンドガン下部のブレードで正確に受け止めた。

 ギリギリと、受け止めたソードを押し込んでくる。

 そこでビオは、気付いたようだ。

『その武装……見たことあると思ったら、メイジンのにそっくりだ。いや、同じじゃないすか? 公式審判員がパクりってのはマズいんじゃないすかね?』

「いや、問題ない」

 絡むように語りかけてくるビオに対し、ヨウタは冷静だった。

 そして、状況を打破する。

 左背面に装備しているハイパーパズーカ。それは本来、サブアームを介して手に持って使用する。そのパズーカをそのままの状態で、真下に向かって撃ち出したのだ。

 ジムボルトと剣闘士ユニコーンの真下で、激しい爆発が生じる。

 爆風に煽られ、粉塵に視界を潰されーービオは即座に、ユニコーンを前に突っ込ませた。

 ジムボルトが後退したのを察知したのだ。

 マグナムソードを正面に突き出し、まっすぐ進む。

 ビオの視界に、4つの光点が映る。

 それがなんなのか。ビオが理解したのは、剣闘士ユニコーンの両腕と両脚が爆ぜた後だった。正確なビームの4連射だった。それがユニコーンの四肢を正確に撃ち抜き、事実上戦闘不能の状態に追いやっていた。

 ハンドガンタイプでこの威力。

『……それ、本物かよ』

「だから問題ないと言ったろ」

 それだけ言い残すと、身動きの取れなくなった剣闘士ユニコーンをその場に残し、ジムボルトは再び飛ぶ。

 ジムボルトの武装。

 これはビオが気付いた通り、見る人が見ればすぐにわかるものだ。

 現代において、ガンプラバトルを知る者が必ず目にすると言っても過言ではないガンプラ。アメイジングレッドウォーリアのものと同型なのである。

 しかしこれは、模造品でも模倣品でない。

 本物なのだ。

 メイジンの手によって作られ、メイジンの手から渡された本物。

 立場は違えど、ガンプラバトルのより良き未来の為に。

 同じ志を持つ者と認められて、ヨウタはこれを譲渡されたのだ。かつてメイジン自身がそうしてパーツを贈られたことがあったのだと聞いた。

 メイジンの想いを、ヨウタは背負っている。

 実際に彼と対峙して、実力をぶつけ、認められた。

 それがこのガンプラ、ジムボルト。

 コロニーレーザーの内壁に背を向ける位置で、ジムボルトは制止した。同時に、背面に装備した2種の紅ウェポンを両手に装備する。

 ビームガトリングとハイパーバズーカ。

 前方ではレーザー発振器の隙間を縫うように、残る敵機が迫っているのが見える。

 敵は、遮蔽物に身を隠しながら距離を詰めている。だがその判断は、誤っていた。

 この程度のフィールドエフェクトでは、遮蔽物としての用をなさない。

 ヨウタはトリガーを引いた。

 ビームガトリングとハイパーバズーカが一斉に火を噴く。

 その攻撃はフィールドに並び立っていたレーザー発振器をことごとく吹き飛ばしていく。しかし攻撃の手は止まらず、フィールドの一切を薙ぎ倒していく、当然、その範囲にいたガンプラ達もまた、わずかに抵抗じみた射撃を試みるも――先に自らの身を撃ち抜かれ、あるいは破壊され飛散した瓦礫によって沈黙することとなった。

 30秒とかからなかった。

 美しく幾何学的模様を描いていたコロニーレーザー内部は、数秒前とはまるでその様相を変えていた。

 残骸。

 動く者はもう、ジムボルトだけとなっていた。

 ヨウタはマップを確認する。

 表示されるのは自機と、小さなマーカーが一つ。それは、ビオの剣闘士ユニコーンである。

 それ以外の反応は全て、消えていた。

「掃討完了。バトルシステムを強制終了する」

 呟くように音声入力を行う。

 バトルシステムの一切が、その光を失い――仮想の戦場は消えていった。


 

「お疲れ様です」

 バトルシステムが完全にシャットダウンし、コントロールスペースが消失すると背後にはアンディが立っていた。

「そっちこそ。派手にやったな」

「何人かは逃がしちゃいましたが、まぁ誰かしらから情報は聞けるでしょう」

 言ったアンディの顔には傷が出来ている。

 だが、このバトルシステム周りには優に十を超える人数の男たちが、倒れていた。アンディよりも体格の良いような男たちばかりである。これを一人で相手したと言うのなら、何人かの取りこぼしなど非難することではない。

 そしてアンディは、一人の男の首根っこを掴んでいた。

 心ここにあらずという表情をしたパーティーの主催、ミスター・クラウディオであった。

「それなら、こちらにも」

 ヨウタは顔を上げた。

 バトルシステムの一角。そこには、逃げるわけでもなく立っている男。背は高いのにやや猫背気味の、負け屋のビオ。

「一応言っておくが、今更逃げたりするなよ」

「しませんよ。殴られるのは好きじゃないんで」

 ビオは笑った。

 意外にも、そこに諦めの色は浮かんでいない。憑き物が落ちたような晴れやかな顔をしていた。

「自分が褒められないことしてるって、自覚はこれでもあったんす。だから、いずれはこうなった。そういうことでしょ」

 彼の手には、剣闘士ユニコーンが握られていた。

 そのガンプラの両腕と両脚は、吹き飛び壊れている。ヨウタがやったことだ。

 それでも、言わずにはいられない。

「元に戻さなくてもいい。ただ、やり直すんだ。いいなビオ」

「……スパルタっすね。審判員さん」

 ビオは笑った。

 そして、ヨウタに歩み寄る。

「さっきの質問に答えますよ。俺のこの商売は、個人的なものです。ただ、ちゃんとこの地域を取り仕切っている人に挨拶はしました。おたくらの探している、ドミンゴファミリーにね」

「それが組織の名前か」

「名前のまんま、ドミンゴっていうボスを中心にした奴らです。ここスペインに限らず、ヨーロッパのあちこちに支部があります。ヨーロッパでガンプラ使って金稼いでる奴がいたら、ほぼドミンゴファミリーと繋がっていると思って間違いないですね」

 ビオはまっすぐにヨウタと向き合っていた。

 その目を見れば、嫌でも分かる。嘘は含まれていない。彼はすべてを正直に話してくれている。

「これで質問には答えましたよ」

「ああ、ありがとう。それでビオ。君がもし他に知っていることがあるなら――」

 ヨウタの言葉を、ビオは顔の前に人差し指を突き出して制した。

「別にファミリーに忠誠を誓ったわけじゃあないですが、これ以上の情報は別料金すよ。いくら相手が、審判員様でもね」

「お前なぁ」

 アンディが一歩前に出ようとする。

 だが、それを手で制したヨウタが笑って見せた。

 そして振り返る。

 一連の騒ぎを遠くから見ているだけだった――ウェイターの一人と目が合う。

 ヨウタは彼に近づいていく。相手は驚いた様子のまま、動くことができずにいた。お構いなしに、ヨウタは懐に手を入れる。取り出したのは、名刺だった。

「今回の店舗設備の損害に関しては、こちらに連絡してください。ただ、捜査の結果次第では店側に何らかの請求や指示があるかもしれませんが。それから地元警察の手配は……もうしていますね。結構です」

 相手の返事も何も聞かずに一方的にまくしたて、ウェイターの手に無理矢理名刺を受け取らせた。

 ヨウタは、また懐に手を入れた。

 今度取り出したのは――ユーロ紙幣。

「ビールを3人分。もらえますか?」

 それを聞いたビオが高らかに口笛を鳴らした。


 

 そこはとあるホテルの一室だった。

 一人の男がシャワールームから出たところ、ベッドの上に投げ出していたスマートフォンが着信を告げていた。

 濡れた手のままで、それを拾い上げる。表示されていたのは見慣れた名前だった。

「どうした?」

『緊急の招集がかかったぞ、ジン』

 相手は連絡係の男である。

「招集? 親父の祝賀会でも早まったか」

『冗談言ってる場合じゃない。スペインに公式審判員が入って、支部が事実上押えられちまったらしい』

「へぇ、凄いな。今回の奴はそれなりに腕が立つってわけか」

『だから冗談言ってる場合じゃないと言ってるだろ!』

 相手の男が声を荒げる。珍しいことだった。

 どうやら事の重大さは、彼の態度が示す通りのものらしい。

「分かったよ。だがこれから仕事だ。終わり次第、向かう」

『……出来るだけ急ぐんだぞ』

 そうだけ言うと、機嫌悪そうに通話は切られた。

 役目を終えたスマートフォンを再びベッドの上に投げ捨てると、男――ジンと呼ばれた男は窓際に置かれたソファに腰を落とした。

 傍らにはサイドボードが備えられている。

 その上には、一体のガンプラが立っていた。

 赤紫で塗られたザクタイプ。

 ジンは肩にかけていたタオルで手の水気を充分に拭うと、ガンプラを手に取った。

 このガンプラの登録名は『アクトザク・パニッシャー』。それなりに名も知られたガンプラだ。

 しかし、

「今晩もよろしく頼むぜ、ピースメイカー」

 仲間の誰一人として知らない、聞いたことの名を彼は小さく呟いた。



 レストランでの仕事を終え、ヨウタはアンディと共にホテルに戻っていた。

 捕まえたドミンゴファミリーのメンバーと、クラウディオは地元警察に身元を預けていた。ビオも一緒にである。だが、彼に関してはヨウタはすでに手を回している。数日で釈放されるだろうし、もう負け屋に戻ったりはしない。そう信じていた。

 スーツも脱ぎ、ようやく楽な恰好になる。

 ヨウタはベッドに腰掛けると、電話を手にした。慣れた手つきで番号を押す。

 数コールで、相手は電話口に出た。

『ヨウタ?』

「こんばんは、母さん」

『こっちはまだお昼過ぎよ。また遠い所にいるみたいだね』

 母が笑いながら言う。

 時差のことを忘れていた。

「今はスペイン。初めてのヨーロッパだ」

『相変わらずお忙しいこと。じゃあヨーロッパ土産、楽しみにしているから』

「ああ。また何か送るよ」

『しかしあんたはいつも変な時間に電話かけてくるね。キョウヤはまだ学校から帰ってきてないわよ。まぁ、まっすぐ帰って来るか分からないけど』

 久々に聞いた弟の名前に、思わず口元が緩んでしまうのを自覚する。

「そこまでガンプラ漬けにしたのって、やっぱり俺のせいかな」

『他にいないでしょう? 毎日毎日、あんたの部屋にこもってガンプラいじってるよ』

「そう言えば……前に電話した時、キョウヤの様子がおかしいって言ってけど」

 少し気になっていたのだ。

 もっとも、実際には何年も顔どころか言葉も交わしていない弟に、自分に出来ることがあるのかなど分からない。

『それは大丈夫みたい。勝手に落ち込んでたみたいだけど、勝手に立ち直ったみたい。いや多分……友達のおかげね。この間、いつもの面子とは違う子を連れて帰ってきたわ。転校生だって言ってた。またガンプラ経由の友達みたいだったけどね」

 それは良かった。

 思いはしたが――咄嗟に口には出来なかった。一瞬、息を飲んで間を作ってしまう。

『気にし過ぎるんじゃないよ』

 先に母が口を開いた。

 そして自分が何を思ったのか、ばれている。

『あんたも。いいかげんに友達連れて帰ってきなさい。ご飯の支度くらいはしてあげるから』

「あんまり子供扱いしないでくれよ。もう30歳だっていうのに」

『いくつになろうが関係ないの。じゃあ、私これから買い物出るから』

「……また電話するよ』

 母との電話は、定期的にしている。

 大体はこうして、仕事に入った時。そしてその仕事を終えた時だ。

 前回話した時に話題になって、弟のことが少し心配だった。だが弟の方は、良い友人に恵まれたらしい。

 それに比べて自分はどうだろうか。

 いや、友人にはきっと恵まれていたのだろう。

 問題があったとしたら、自分の方だ。自分は"彼"にとって良き友人ではなかったという、それだけのことなのだろう。

「やっぱり……話すことなんてなかったな」

 こんな自分が、弟にできる助言などない。あるわけがない。

 家を出たのも。

 公式審判員になったのも。

 こうして世界中を飛び回るのも。

 理由はすべて、かつての友人を探す為にしていること。そんな男が、弟に一体何を言えるというのか。



 サカキバラ・ヨウタ。30歳。職業、ガンプラバトル公式審判員。

 あの三代目メイジンにも認められた実力。勤勉な彼の評価は審判員の中でも高く、また事実として数多くの実績も残してきた。

 

 だが――誰も知らない。

 彼の本当の顔を、知らない。

 彼はかつて、自らの手で間違った道へと突き落してしまった親友を捜している。

 その為に公式審判員になったに過ぎない。

 何故なら親友は今――ガンプラマフィアとなってしまっているから。

 マガキ・ジンノスケ。

 かつての親友を見つけ出し、再会する為に。

 彼の本当の目的を知る者は誰も一人、いないのだ――。


 

 ガンプラと共に"成長"していく少年少女の物語。


 

 これは成長の先の、一つの可能性のお話。

 ガンプラと共に"成長"した男達の物語。


 ガンダムビルドファイターズ・グローイングアップ


 第1話 正義の仮面 終 


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