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お父さんのステーキ

昔、お父さんは当時は珍しいレコードBARをやっていて、カクテルやおいしい軽食も出していた。と、酔うといまだによく自慢する。特にそこで大人気メニューだった「ピザ」の話をするとお母さんがイライラし始めるほど、途方もなく原価割れしていたこだわりのピザだったらしい。

生地は薄ければ薄いほどいい
トマトソースを敷いて、イタリアから取り寄せる高級なチーズを馬鹿みたいにのせる。それがうまさの秘訣、であり、赤字の秘訣。

昔からの友人もお父さんのピザはうまかった!と言うほど、相当おいしかったそうだ。しかし「もう一度食べたい」と言おうものならお母さんからにらまれ、蛇ににらまれたカエルのような顔でみんな話題を変える。


そのピザに似ていたのがシシリアというイタリアンレストランの薄焼きピザだったらしく、何度か連れていってもらった記憶があるが、今は閉店してしまってもう食べることはできない。

シシリアと言えば薄いキュウリに覆われたグリーンサラダ。いまだに食べたくなるけどもうない。。。。

きれい・・・



話がそれたが、そんなお父さんはお母さんの料理にちょくちょく文句を言う。というか、言っていた。お母さんがキレると超怖いので恐る恐る言うのだが、ある日、ステーキはオレのほうがうまく焼ける言い出し、キッチンに立った。
私たちも、いつもぶつぶつ文句を言うもんだから相当おいしく焼いてくれるのだろうと期待した。


フライパンは絶対に鉄。煙が出るほどよく温める。ニンニクをたっぷり塗って黒コショウは思ってる倍。

部屋中が煙だらけになってみんなせき込んだが、おいしいステーキの為ならと我慢した。今思えば火事寸前だった。

じゅうううううううううううううううううううううううううううううという音がして煙が上がる。両面焼いたらワインを豪快に入れ炎をあげてフランベをした。やっぱり今思えばあれは火事だった。

醤油とバターでソースを作ってステーキにかければ出来上がり。

お父さんが無言で作っている背中を私たちは見ていた。


どん、と置かれたお皿には真っ黒の塊が。
中は超レア。外は真っ黒。コントラストが素敵だ。


正直、まずかった。
みんなまずい!ぺっぺ!!とののしった。


お母さんは勝ち誇った顔で「料理っていうのは、毎日してないとどんどん下手になるんよ。二度と文句を言わないで。」とカエルを今にも飲み込む蛇のような眼光で言った。

だけど、私にとってこの言葉は衝撃的で感銘を受けた。毎日続ける人にはかなわない。それくらい続けることっていうのは力になるのだと思っている。


あれ以来お父さんは文句を言わないし、キッチンにも立たなくなってしまった。かわいそう。




でもいつかお父さんの自慢のピザが食べてみたいと思うのはお母さんには内緒にしておこう。



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