ヨクサルは「ムムリク族」?ヨクサル&スナフキンの「種族名」について①【考察・独自研究】
大人気の「ムムリク親子」
いつ、誰がそう呼び始めたか――ヨクサルとスナフキンの親子は、ファンからしばしば「ムムリク親子」と呼ばれる。
「ムムリク」という呼称の由来は原作「ムーミン谷の彗星」でほぼ間違いないと思われる。
なぜなら、ムーミン童話の公式日本語訳において、スナフキンを指して「ムムリク」という単語を用いているのは、この作品だけだからである。
父親の性質を色濃く受け継いだスナフキンが「ムムリク」ならば、父親も「ムムリク」である、という発想だろうか。多くのファンから、この親子は「ムムリク族」として扱われている。
しかし、個人的にはこの「ムムリク親子」という名称を見ると、どうしても脳内に疑問符が浮かんでしまう。
理由はいくつかあるが、一番単純なのは、劇中でヨクサルが「ムムリク」と呼ばれるシーンは存在しないということである。
では、ヨクサルは何族なのか?そもそもスナフキンは本当に「ムムリク族」なのか?
今回は、この種族問題について、スウェーデン語原文を基に調査・考察していきたい。
ヨクサル&スナフキン親子の雑学については、こちらもどうぞ ↓
前置き
その① スウェーデン語での呼称
ヨクサルとスナフキンが、スウェーデン語原文において何と呼ばれているか。該当する日本語訳文とスウェーデン語原文を並べて、確認する。
まずはヨクサルから。
続いてスナフキン。こちらはご存知の方も多いかもしれない。
ヨクサルは"Joxaren"、スナフキンは"Snusmumriken"と呼ばれている。
その② 定冠詞と不定冠詞
次は、単語の変化形について説明する。文法的な話になるため退屈かもしれないが、種族名を考察する上で必要不可な要素になるため、お読みいただきたい(ド素人の非常に拙い説明で申し訳ない……)。
ムーミン童話の主人公はムーミントロールであるが、「ムーミントロール」が個人名ではなく種族名を指す単語であることは多くの方がご存知であろう。
主人公のムーミントロールは、「ムーミントロール」という生き物の一個体である。
「ムーミントロール」は、スウェーデン語では"mumintroll"と表記される。
"mumintroll"は種族名であり、個人名ではない。また、作品に登場するムーミントロールたちには個人名がない。
そして、"mumintroll"という単語の変化形は、以下の通り。
主人公であるムーミントロールは、スウェーデン語では"Mumintrollet”と表記される。特定の個体を指す場合は語末に"-et"が付き、「不特定の個体ではなく、そのムーミントロール」であることを示す。
もう1つ、ヘムル族も例に挙げよう。
彼らにも個人名はなく、種族名で呼ばれるため、"mumintroll"と同様に冠詞がつく。
ムーミントロール、ヘムル、それにフィリフヨンカ、ミムラ、ミーサ……ムーミン童話に登場するキャラクターたちの多くは、個人名を持たず、種族名で呼ばれている。
では仮に、主人公のムーミントロールに個人名があったら、呼称はどうなるか?
たとえば、彼の名前が「トム」だったとしよう。
前述の通り、複数のムーミントロールの中から特定のムーミントロールを指定する場合には定冠詞が使われるが、個人名を持つムーミントロールの場合、定冠詞は使われない。トムはトムだからだ。
何人ムーミントロールがいても、名前を持つ「トム」は特定できる。仮にトムが複数いる場合等は冠詞が使われることもあるが、特別な理由がなければ冠詞は使われない。
※参考 ↓(英語の文法の話だが……)
実際、同じムーミン童話のキャラクターでも、フレドリクソン(Fredrikson)やトゥーティッキ(Too-ticki)には、冠詞が付随しない。
長々と書いてしまったが、つまり言いたいことは主に以下の2点
個人名を持たないキャラクターは種族名で呼ばれる。種族の中で特定あるいは不特定の人物を指す際は冠詞(en、ett(et)等)が用いられる。
ett mumintroll / Mumintrollet (ムーミントロール族)
en hemul / Hemulen (ヘムル族)
en mymla / Mymlan (ミムラ族) 等
個人名(固有名詞)に冠詞はつかない。
Fredrikson (フレドリクソン)、Too-ticki (トゥーティッキ)、Ninni (ニンニ) 等
ヨクサルは何族?
以上を踏まえて、ヨクサルとスナフキンの名前を紐解いてみる(ここからが本題)。
まずは父親のヨクサル。前項では、ヨクサルのスウェーデン語表記は"Joxaren"であると説明した。
一方、「ムーミンパパの思い出」で、ヨクサルはこんなセリフを発している。
原文の"Muminpappans memoarer"では、下記に該当する。
ここでヨクサルは「あたらしいヨクサル」と発言している。そして、スウェーデン語に該当する箇所は"en ny joxare"。
不定冠詞の"en"が前に置かれ、"joxaren"から末尾の"-en"が消えている。
(補足: "ny"は「あたらしい」という意味)
また、「あたらしいヨクサルが生まれて」という言い回しから、「ヨクサル」というのは彼個人の名前ではないことが伺える。
また、ムーミンパパのモノローグの中にも、"en joxare"は登場する。
日本語訳は「ヨクサルなんぞ」だが、原文では"Joxaren"ではなく、"en joxare"となっている。これは、目の前にいるヨクサル(Joxaren)に限定せず、「ヨクサルのような生き物」というニュアンスが含まれていると思われる。
それは、「他のヨクサル」という意味かもしれないし、「ヨクサル(族)のような性格の者」という意味かもしれない。
いずれにせよ、「ヨクサル」=目の前の人物("Joxaren")に限らない、と読み取ることができるのではないか。
ここで、"Joxaren"という単語を紐解いてみよう。
前述の通り、個人名には(基本的には)冠詞はつかない。しかし、"joxare"という単語には、不特定単数を示す冠詞"en"や、特定単数を示す定冠詞"-en"が使われる。
つまり、「『ムーミンパパの思い出』に登場するヨクサル(Joxaren)は、複数いるヨクサル(joxare)の中の1人」と言える。
"joxare"は種族名、あるいは何らかのカテゴリーに属する人々を指す言葉と言えるのではないだろうか。
そして、冒頭に述べたように、劇中でヨクサル(Joxaren)が「ムムリク」と表現される場面は1つもない。
まとめると
ヨクサルの種族は「ムムリク」ではない。
ヨクサルの種族は「ヨクサル(Joxare)」である(と思われる)。
では、スナフキンは……?
続いてスナフキン(Snusmumriken)の種族について考察したい
……ところだが、色々と調べた結果、彼の種族は父親のヨクサルよりもずっと曖昧で複雑なものである可能性が浮上してきた。
「話の流れからして"snusmumrik"ではないのか?」「父親が"Joxare"なのだから息子もそうなのでは?」といった意見もあると思うが、事はそう単純ではなく……スナフキンのことまで書いたら、あまりにも膨大な文字数となることが予想される。
読者の皆さんがうんざりしてしまうかもしれないので、ここで一旦終了とする。
必要な資料を集めた上で、改めて「ヨクサル&スナフキンの「種族名」について②」として、記事の続きを作成したいと思う。
ではまた。
参考文献・Webサイト:
トーベ・ヤンソン. ムーミン全集[新版]1 ムーミン谷の彗星. 下村 隆一訳. 講談社, 2019, 226p.
“ムーミン全集[新版]1 ムーミン谷の彗星 (ムーミン全集 新版 1)” Amazon.co.jp. https://www.amazon.co.jp/%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%B3%E5%85%A8%E9%9B%86-%E6%96%B0%E7%89%88-1-%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%B3%E8%B0%B7%E3%81%AE%E5%BD%97%E6%98%9F-%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%BB%E3%83%A4%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%B3/dp/4065148553, (参照2024-09-30) .
トーベ・ヤンソン. ムーミン全集[新版]3 ムーミンパパの思い出. 小野寺 百合子訳. 講談社, 2019, 274p.
“ムーミン全集[新版]3 ムーミンパパの思い出 (ムーミン全集 新版 3)” Amazon.co.jp. https://www.amazon.co.jp/%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%B3%E5%85%A8%E9%9B%86-%E6%96%B0%E7%89%88-%E3%83%A0%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%83%91%E3%83%91%E3%81%AE%E6%80%9D%E3%81%84%E5%87%BA-Tove-Jansson/dp/4065160731/ref=tmm_hrd_swatch_0?_encoding=UTF8&dib_tag=se&dib=eyJ2IjoiMSJ9.uIbfWg71yBcEd8LdQk2y_dze-nFxo03YkVffCMrNrJbJMK5zn7TVHbWZ-lsk63VMjn9oVO5-euAn0u4b1KZg7AFXxsrlDdwJj5ow8Z2L6cZOZ8_n8Z768IS1yson1VFNArBv9BBh-7P94L5m7KW9Cv3vqTnxja9JRZViwXrt8zpMWhxMxsfGuJuLjyLoSgwajT0lkpcb1T12OuKM0Y4qRSl34WayGhHC8xb0JrW5HpM1CJ6COJVil66sBhl0IsUONTgwVJ7_vynzU7RXulaQBXiZ5_oYUxu_uKy-wApQuEM.9XcrQgpbrExe0sZ-QWugzWNsEq8yASqpIPBTeY-CqRw&qid=1727699914&sr=8-1, (参照2024-09-30) .
Tove Jansson. Muminpappans memoarer [電子書籍版]. Förlaget M, 2019.
“Muminpappans memoarer [電子書籍版]” 楽天ブックス. https://books.rakuten.co.jp/rk/cad734c0f11335288024aa2b7951a251/, (参照2024-09-30) .
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