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【怪談】届かない
Hさん男性40代の方から聞いたお話。
彼の家はリンゴ農家で、いわゆる本家といわれているらしく多少古いものの平屋の豪邸だ。
中はとても広く客間も12畳の広い和室となっており、子どもの頃はHさんのいとこやお友達みんなで泊ったりしたそうだ。
Hさんが小学校高学年の頃の夏休み、友人と3人でその客間に布団を敷いてお泊り会をした。
みんなで日中たくさん遊び、風呂に入り、夕飯を食べて床についた。
興奮してたせいでなかなか寝付けなかったHさんは布団の中で何度も寝返りをうちながら睡魔に襲われるのを待っていた。
その客間には、壺を置いてあり掛け軸がかけてある、絵にかいたような床の間がある。
その床の間からパタ…パタ…と何かが壁にぶつかっているような妙な物音がし始めた。
Hさんは、どこかから風が吹いていて掛け軸が揺れているのだと思ったそうだ。
どこから風が吹いてるんだろうと首を持ち上げキョロキョロと部屋を見回したのだが、その時彼はとんでも無いものを見たそうだ。
掛け軸からニョキッと腕が生えている。
驚いたHさんは首を持ち上げた態勢で固まってソレを凝視した。
その腕は肘から下だけで逞しい男性の腕のように見え、掛け軸の下から30cmくらいのところから生えていてダランと下に垂れ下がっている。
ダランと垂れ下がっているように見えたが、よく見てみると手首を必死に曲げて掛け軸の裏に指を這わせている。
例えるなら背中が痒い人が、届きそうで届かないところ掻いているようだったとHさんは言っていた。
その腕が、自らが生えている掛け軸の後に一生懸命手をまわそうとしているせいで、掛け軸自体が揺れてパタ…パタ…と音がしていた。
Hさんは相変わらず固まっていたが、その腕はパッと消えた。
うっすらと、もしくは霞のように、ではなく映写機の電源を切ったようにパッと腕が消え、揺れる掛け軸だけが残った。
スゲーもんを見た!と興奮したHさんは結局朝まで全く眠れず、朝起きた友人や家族に話したが誰も取り合ってくれなかったそうだ。
Hさんはそれから色々と探ったそうだが何ひとつわからなかったという。
まずは掛け軸だが木と鹿が描かれているもので、当時祖父が数千円で量販店で買ってきただけの何のいわれも無いものだった。
掛け軸の裏に実は隠し部屋があって、そこから何かを訴えたい何者かが…という事もなく至って普通の客間だった。
親族にも非業の死を遂げた者も聞いた事が無いしその客間で誰かが死んだという事も無かった。
それから数十年経った今、Hさんの中では「あの掛け軸は背中がかゆかっただけ。しかもかゆいトコに届かなくて可哀想」という事になっている。
モノにも魂が宿ると聞いた事はあるがまさか痒がるとは…