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【怪談】返してよ
Fさん30代男性から聞いた話。
Fさんの職場と自宅はとても近くて徒歩で20分程の為、Fさんは毎日徒歩で通勤していた。
彼の職場も自宅もとても田舎の方だったため街灯もポツリポツリとしかない程度の一面畑と田んぼばかりで、途中に民家の一軒も無い寂れた道だったそうだ。
そのため、帰宅の時間になるとほぼ真っ暗でところどころにある街灯の頼りない明かりと月明かりしか道を照らすものは無かった。
数年前のある日、Fさんは仕事を終えいつも通り徒歩で家路についていた。
時間は正確には覚えていないが夜の10時を回っていた頃だそうだ。
暗い道を1人で歩いていると途中にある橋に差し掛かった。
長さは30mほどで高さも4mくらいだろうか、下を流れる川が少し広いせいでちょっとした河川敷のようになっている。
その橋を渡っていると橋の下からバシャバシャっと人が川を渡っているような音がした。
Fさんは不審に思い、歩みを止めず下を覗き込んだが暗くてよく見えなかった。
その橋は、中学生が隠れてタバコを吹かしていたりたむろしていたりする事があった為、Fさんはまたガキどもがたむろしているのだろうと気に留めなかった。
バシャバシャと音がしたのはそれだけで、橋を渡り切ろうかとしたその時、橋の下から劈くような女性の悲鳴が聞こえた。
「キャーーーーーーーー!」
Fさんは心臓が止まるかと思うほどビックリしたそうだ。
と同時に「ガキども!まさか下劣な事してんじゃねーだろーな!」と思いすぐにスマホを取り出し110番を押すといつでも発信出来るようにしてまた橋の下を覗き込んだ。
真っ暗で川の中は見えなかったが、河川敷はかろうじて見えた。
が、誰もいなかった。どころか人の気配が無い。
ガキどもがFさんに気付いて息を殺しているのかもしれない。
そう思ったFさんは牽制の意味も込めて
「警察に電話されたくなかったら大人しく出てこい!おい!」
と気配の無い真っ暗な橋の下に叫んだ。
……
15秒ほど待ったが返事がない。
聞こえているか、本当に警察に電話するぞ!ともう一度叫ぶがまた返事が無い。
Fさん自身も変だと思っていた。
バシャバシャという音と女性の悲鳴は聞こえたものの、全く人の気配が感じられないのだ。聞こえるのはサラサラと流れる下の川音だけ。
Fさんはいよいよ違和感が恐怖に変わってきた。
しかし万が一犯罪の現場に出くわしていたという可能性もある。
Fさんは正義感と恐怖心で、スマホを掲げたまましばしその場から動けなかった。
すると、橋の下から女性の声が聞こえた。
「ねぇ…あたしのだってば…返してよぉ…」
Fさんは、やはり何かしら犯罪の現場に出くわしていたんだとわかり「大丈夫ですか!」と下を見渡すも何も見えない。
橋の反対側、道路を渡ってそちらの欄干から下を覗き込んだ。
いた。女性が。
Fさんは大丈夫ですか!ともう一度声を掛けようとしたが、すぐに違和感がそれを止めさせた。
橋の下の川の中に女性が立っていてウロウロと何かを探している。
川は浅いので膝くらいまで浸かっていた女性は全身びしょ濡れ、歳の頃は20代前半、格好は黒いTシャツにハーフパンツで髪はロングだったがこちらに背を向けて川の中を手探りでウロウロと何かを探していた。
Fさんの感じた違和感、それは、その女性がハッキリ見えた事だった。
真っ暗な道でなおかつその更に下の川。川なんて暗過ぎて全く見えないのにその女性だけはくっきりと見えた。
まるでその女性にFさん自身が強いライトを当てているような見え方だったそうだ。
Fさんは混乱していたが、はっきりわかっていた。この世のものじゃ無い、関わるなと。
女性はまだぶつぶつ言っている。
「あたしのじゃん…返してよぉ…可哀想じゃん…」
川音にかき消されつつもハッキリと女性の悲しそうな声は届いた。
何故かはわからないが、その女性は赤ちゃんを探しているのだとFさんは思ったそうだ。
Fさんは恐怖のあまりその場から一刻も早く逃げようと決めた。走り出そうと。
その瞬間、後ろから男の低い声がした。
「お前だろうがよ。」
Fさんは全力疾走したそうだ。
心臓が飛び出そう、いや飛び出してたかもと語っていた。
家に向かって一直線に走っている途中、Fさんは無様な叫び声を上げながら走っている自分に事に気付いたそうだ。
家に着いた後は特別何もなかったがその日は眠れなかったと語っていた。
Fさんはその後、その橋で昔事件なんかあったか調べたそうだが特にみつからなったという。
Fさんは、「格好も喋り方も今風だったし、最近の幽霊かもね。」と話していた。
それにしても男の低い声の「お前だろうが」って何の事か未だに分からないと首を捻りながら、私に聞かせてくれた。