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【怪談】消費者金融
Tさん30代男性のお話。
十数年前、Tさんがまだ20代前半の頃。
Tさんは消費者金融に勤めていたそうだ。
CMを打っているような大手ではなく地方に数店舗だけ構えるような、いわゆる半分闇金のような会社だったという。
大手のように身分証があればすぐ貸すというのではなく、一旦来店したが最後、お客さんの情報を聞き出し弱みを掴んで、逃げられないようにしてお金を貸すのだ。
しかもすぐ返済されると利益が上がらないので、利息ギリギリを毎月返済させるというかなり悪どいやり方の会社だったそうだ。
もちろん取立てもありとあらゆる嫌がらせを用いておこなっていた為、かなり評判が悪かった。
が、大手ではもう借りられないような首が回らないという人には最後の砦といった感じで、危険を承知で借りに来る人がほとんどだった。
県外からも困った人が借りに来るほどだった。
まぁ、予想より怖い目を見る人が大半だったはずだが。
それだけバチバチにやっても返済しないお客さんも稀にいる。
Tさんはその中でも、かなり厄介なお客さんを担当していた。
中年男性のAさんというそのお客さんは、昔からの顧客で今は返済途中なのだがいかんせん利息払いだけなので残高は減らず、最近はその返済も滞っていた。
何が厄介かというと、Aさんには身内が高齢の母親しかおらず保証人は他界、アパートに住んでいて定職に就いていない為、失う物が何もない。
そういう人間は借金を投げ出して逃げる事もあるし、法的措置で差押なんかした所でほとんど回収出来ない。
財産も面倒見てくれる人もいないのだから。
担当した者はもう退職していたのでTさんが担当し始めて数ヶ月、もう何度も延滞していた。
ある時Aさんから電話が来た。
「今月どうしても払えないので待っていただけませんか。」
受付嬢から電話を取り継ぎ、TさんはAさんを捲し立てた。
「オイあんた何度目だと思ってんだ!電話が繋がるならまだ金残ってんだろ!今月分に満たなくてもある分持ってこいや!」
するとAさんは弱々しい声で
「本当に無いんです。このままでは死んでしまう。勘弁してくれ」
と懇願した。
Tさんはいつ逃げられてもおかしくない状況だと悟った。ボーナスの査定には回収率なるものがあり、お客さんから取りっぱぐれるとガクンと査定が下がる為、何としてもこれは回収しないといけないと思ったTさんは、明日行くからある分だけでも用意しておけ、ダメなら払うまでお前の家で待つ事になるという事を遠回しに伝えて電話を一方的に切った。
様子を伺っていた店長は大いに満足げで、明日は自分も着いていくとTさんに伝えた。
Aさんの家は県外だった為、Tさんと店長は朝礼が終わるとすぐにAさん宅へ向かったそうだ。
店長はイケイケのチンピラだが頭はよく切れ、車中Tさんに、返済は遅れても良いが逃げられないという印象を植え付ける為に行くんだと教えてくれた。
昼過ぎ頃にAさん宅に着くとそこはかなり古びた二階建てアパートだった。
2人は車を降りスーツの襟を整え、いかにも、と言った顔を作ると、一階にあるAさんの部屋の玄関をドンドンと叩いた。
すると、名乗りもしないうちにすんなりとドアが開かれた。
中から現れたのは男性ではなく80代くらいの老婆だった。
正直、店長はAさんの顔を覚えていないしTさんはそもそもAさんの顔を知らない。
なので老婆が出てきた事に2人は少し驚いたが、まさか居留守なんて使われたら面倒くさいと少し凄んで老婆に尋ねた。Aさんはご在宅?と。
老婆はあっけらかんとした、というか放心状態というか、目が虚な感じで「おりますが…」と答えたそうだ。
その様子に違和感があったが、じゃあ少しお邪魔しますと強引に老婆は押し除け玄関を2人でまたいだ。
1番最初に目に飛び込んで来たのは、男性の背中だった。
そして異臭。店長は小さい声であららと呟いた。
玄関から直に繋がったリビングでAさんは首を吊っていた。
それはこちらを向いていなかったので顔は見ずにすんだものの、履いていたズボンがお尻あたりから濡れていて足元には赤黒い何かが滴っていた。
Tさんは一瞬固まったのち、状況を理解するとすぐ玄関を飛び出してしゃがみ込んだ。
店長はいたって冷静で、Aさんの母親であろう老婆と会話していた。
後から店長に聞いた話しだと、ここ数日取立てに来る業者が多く、まだまだこれからも来る予定だったそうだ。
中にはもちろんウチよりもタチの悪い業者も。
Aさんはとても悩んでいたそうだが、その日の朝に首を吊ったらしい。
母親はそれを見つけて昼過ぎまで放心していたのだという。
店長は、母親に警察へ電話するよう伝えると、面倒だからという理由で自分達が来たのは警察に言うなと口止めして、2人とも車でとっととズラかった。
また数時間かけて2人で会社へ戻ったが、車内は無言だった。
会社に着くと店長は、
「よくある事だから気にするな」
とTさんを励ました。
自分の席に着くとすぐ、受付嬢がTさんがいなかった間の電話内容などを伝えた。
Tさんは心ここにあらずで聞き流していたが、その中の一つに驚いた。
なんとAさんから電話があったのだという。
時間を聞くとTさん達がAさん宅から帰っている途中だった。
もしかしてあの母親から何か用があったのか?警察にチクッたのか?もしくはAさんの件で警察からの電話か?と思い受付嬢に問いただしたが、その若い受付嬢は
「えー、いつものおじさんですよぉー!
また今月も返済待って下さいって!今日行って来たんじゃないんですかぁ?元気なくてヤバそうでしたよぉ!」と笑いながら答えると、また受付に戻っていった。
Tさんのとなりに居て話しを聞いていた店長は、Tさんの肩をポンと叩いて
「よくある事だから気にすんな」
と言ったそうだ。
それからAさんの件で確認程度の電話が警察からあったらしいが、特に恐喝やら何やらというお咎めは無く、貸倒と言う事で回収不可の不良債権になってしまったそうだ。
それから、数ヶ月に1度のペースで25日の返済日になるとAさんから
「今月どうしても払えないので待っていただけませんか。」
と電話が入るようになった。
事情は社内全員知っているのでとても気味悪がられ、受付嬢はわかりましたを連呼してガチャ切りすると言う事が何度もあったそうだ。
ある時、たまたま店長が対応した電話がAさんからだった。
店長はスピーカー通話に切り替えると、Tさんにこっち来いと手で合図した。
Tさんが近づくと、スピーカーから間違い無くAさんの声が聞こえた。
「今月どうしても払えないので待っていただけませんか…」
おどろおどろしいと言うことは無く、確かに元気は無いもののとても申し訳なさそうな声だったと記憶しているそうだ。
Aさんが話し終わると店長はとても丁寧な口調で
「A様、この度ですね、法的措置を取りまして残債が全て無くなったんですよ。
完済扱いとさせて頂きましたので。
当社だけでは無く他社さんの分も。
いつもご利用頂いてましたから当社からのサービスで手数料なども一切頂きませんしご親族友人にもご内密に手続きさせて頂きましたので!」
と、すごく適当な説明をした。
すると電話口から
「本当ですか…」
と聞こえたかと思うや否や店長はすかさず
「はい、ご安心頂ければと思います。
全額返済扱いですのでもう大丈夫ですよ。」
と畳み込んだ。
よくもまぁ口から出まかせを…とTさんは呆れていたが、相手は幽霊?通じるのか?とドキドキしながら電話機を見つめていた。
するとAさんは
「…ありがとうございます。助かりました。」
と返事をした。
店長は
「いえいえとんでもございません。
またお困りの時はご連絡頂ければすぐお振り込みでご融資させて頂きますので!では失礼致しますー!」とにこやかに、お客さんが完済した時の決まり文句を言って電話を切った。
Tさんは、死人から電話来たこと、その声を聞いた事、死人相手に口八丁の出まかせを言う店長、納得した死人、その全てにどうすれば良いかわからなく、店長を見つめて固まっていた。
すると店長は
「だって本当に取立てちゃいけないからね。こっちが捕まるわ。
まぁ死んでまで苦労する事はねーわな。」
と言いいながら席を立って伸びをした後、
「よくある事だから気にすんな」
と微笑んでタバコを吸いに外へ出て行った。
それからすぐにTさんはその会社を辞めたそうだ。
今思えば、店長以外はみんな入社2〜3年目ばかりの会社だったなぁと語っていた。
理解ある上司とでもいうのだろうか。