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【怪談】怖いのいる
事務員Nさん50代女性から聞いたお話。
シングルマザーの彼女は、10年ほど前に当時小学生低学年の娘と一緒に引っ越しする事となっていた。
その内見に行った際、娘が「この部屋、怖いのいる。」と呟いたのを覚えているそうだ。
Nさん親子は結局そのアパートの2階にある一室に引っ越ししたのだが、引っ越ししたその日から異変が起こった。
端的に言うと、モノが落ちる音がするのに何も異常はない、閉じたハズの窓やドアが音も無く開いている(つい数秒前に閉めたドアなど)、夜中寝ていると体をグッと触られ起こされるなどなど。
何よりもキツイのは毎日、娘が夜ごと泣くそうだ。
「怖いのがわたしの名前を呼ぶ」と。
Nさんは娘の異変は、引っ越しで慣れない場所へ移ったことのストレスだと思っていた、というよりそう思いたかった。
部屋での数々の異変や、Nさん自体不思議体験は多かった為にもしかして、という予感はあったそうだ。
裕福でもない為、すぐに引っ越しもしたくなかったのでしばらく様子を見て、娘の様子と部屋の異常が収まるのを期待していたそうだ。
そんな日々を過ごしていたある日、やはり夜中に娘が突然ギャン泣きを始めた。
寝入っているような真夜中に急にガバッと体を起こし「怖いよぉ~」とギャン泣きし始めた。
連日の出来事で、Nさんも辟易しながら娘をなだめた。
しかしその日はいつもと少し違った。
娘が「あそこにいる」とベランダを指差したのだ。
寝室に一つ、掃き出し窓がありその先がベランダとなっているのだが、その掃き出し窓にはカーテンが掛かっており、外は見えない。
しかも部屋は2階だ、外に誰かがいるわけがない。
まるで、カーテン越しに何者かがいるような話し方を娘がするのだ。
Nさんは自分の鼓動が一気に早まるのを感じた。
まさかそんなワケがない、と思いつつ息を呑んだ。
娘に「じゃあママが確認するね」と安心させるよう優しく話かけ、ゆっくりと立ち上がりジリジリと窓の近寄った。
カーテンを開けたら窓の外に何者かが立っている…
なんて恐ろしい想像が頭を過りながら、Nさんはカーテンを掴んだ。
フーッと深く息を吸い、意を決したNさんは勢いよくジャッ!とカーテンを開けた。
男の顔があった。
カーテンを開けた窓の外、というよりは、そのベランダの先、夜の暗闇の中に浮かぶように男の顔があった。
そしてそれは体が無い、生首だったそうだ。
その男の生首は、ぼうぼうに伸びたザンバラ髪のようで、ヒゲも伸び放題な中年といった様相で、目と口は半開きで力なくブツブツと呟いているように見えた。
Nさんはその生首が、侍か何かのように感じたそうだ。
Nさんはキャーッ!という悲鳴と共に尻もちをついたが、それと同時に生首は闇へ溶ける様に消えた。
Nさん親子はしばし呆然とその暗闇を見つめていたが、ただならぬ様子に気付いた隣人がNさん宅の呼び鈴を鳴らした。
その音で我に返ったNさんは娘の無事を確認すると、安堵で腰が抜けてしまったそうだ。
その後は、生首以外の事を説明し、万が一泥棒だと危険だという事になり警察に通報。
調書をとってあたりをパトロールしてくれるよう約束してくれたそうだが、Nさん親子はすぐに部屋を出て、Nさん実家に転がり込み、他の団地が見つかるまでアパートには戻らなかった。
実家に戻ってからは娘に異変は起こらなくなったそうだ。
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余談だが、Nさんと娘さんにはいくつか怪異譚があるのでまた書く事もあるかもしれない。
そのうちのひとつで、とある方に提供したところ、ある小説の短編集に載った。