【怪談】汽車の音
Sさん70代男性から聞いたお話。
Sさんの父親(仮にAさん)は昔、林業というか山の木の伐採を行う仕事をしていたそうで、まだ蒸気機関車が走っていた頃の話だそうだ。
Aさんは全国各地を仕事で回っており、Sさんが幼少の頃はほとんど家にいなかったそうだ。
そして、ある地方の山での作業の時。
その山での作業は3~4日程度であり作業内容もいつもと同じだったのでキツイ仕事では無かったのだが、シンドかったのは山小屋に泊まりという事だった。
作業現場のすぐそばに掘っ立て小屋のような小屋があり、そこに同僚と5~6人で過ごす。
トイレなんか無いのでみなそれぞれ近くの茂みに用を足す。井戸はあったが既に枯れていたので用意しておいた数個のポリタンク内の水で過ごさなければならない。
風呂なんか当然無く、近くに川でもあれば良いのだがそれさえ無く、一日中チカラ仕事をした汗臭い男達が狭い掘っ立て小屋にスシヅメ、しかも前日の汗の汚れや匂いがそのままという状態で寝て、次の日は更に臭い。
寝具も何も無いので、その日着て作業した服を枕にして寝るものの、汗の乾いた据えた臭いやら床は固いやらでなかなか寝付けない。
各地を飛び回る屈強な山男達であったが、さすがに小屋で過ごした数日は地獄のようだったと語ったそうだ。
しかし、作業自体はいつもと同じ慣れたモノであり、体力的には余裕だった為、大量に持ち込んだ酒をみんなで浴びるように飲んでから寝ていたそうだ。
そんな日が数日続いていたのだが、毎日不思議な事があった。
作業が終わり夕飯をみんなで済ませ、それぞれ小屋の外で涼み、あたりが真っ暗になり、さぁ寝る前の酒盛りだ、という時。
時間的には夜の10時ころ。
どこからか蒸気機関車が走っている音がするのだ。
シュッシュッシュ…ブオォーーーー…シュッシュッシュ…
その音は1分から数十秒ほど。一日一回、ほぼ決まった時間に聞こえてきた為、近くを蒸気機関車が通っているんだなとみんなで話していたそうだ。
昔のダイヤは把握していなかったが、ローカル線?だと夜遅くまで走る事は無いと思っていたので、近くを大きな鉄道が通っていて、貨物車か夜行なんかが通っているのかと勝手にみんなで納得して気にはしていなかった。
そして酒を飲みながら、「あの汽車に乗って早く帰りたいな」「いや帰らずとも、とりあえず違う現場に早く移りてーな」なんて話して笑い合っていた。
ただ、日中に線路を探してみても、あたりは山で木々が生い茂っているだけで線路らしきものは見当たらなかった。
一面が山なので、多少遠い鉄道の音が反響しているのかな、とも考えたそうだ。
ようやくその現場での仕事も無事に終わり、山を下り、やっと地獄から解放され次の現場へ向かうという日、地元の発注者さんがわざわざ「ごくろうさん」と日本酒をたくさん届けてくれたそうだ。
Aさんらは有難くそれを頂き、挨拶を済ませ出発しようとしたが、最後にたずねたそうだ。
「あの山の近くって汽車が通ってるんですか?」
するとその地元業者の方は笑いながら
「こんな田舎だから全然走ってないですよ。というかこの地域にまだ汽車は走って無いからね。ずっと離れた都市の中心部までいかないと無いよ。」
と返したそうだ。
Aさんらは「へ~…そうですか…」と釈然とせずカラ返事をしたところ、地元業者さんは笑いながら
「あんたら早く帰りたかったんでしょ。それ狸か狐じゃねーかな。あのあたりはよくバカされる人おるんよ。
腹減ってりゃ旨そうなメシの匂いがしたり、急いでるとワケわからん道に迷い込んだり。昔からある事だし、まぁ気にせん方がいいよ。」
と教えてくれた。
Aさんが、幼少の頃のSさんに何度も楽しそうに話してくれたお話だそうだ。