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【怪談】薬箱のとこ

Tさん30代男性から聞いたお話。

もう30年ほど前の話なので一部記憶が定かでないのはご容赦頂きたい。


Tさんが小学校低学年の頃のお話。

Tさんは田舎に住んでいた為、近くにたくさん畑がありそこがもっぱら遊び場だった。

友人と自転車に乗り、家の周りを散策するのは日課だったが、畑ばかりある通りの中、ぽつんと廃屋のような古い民家が建っていた。

毎回そこを通る度に軽く覗いてみるのだが、人が住んでる気配はなく、なんとなく暗い雰囲気があったそうだ。


ある日、いつものように家の近くを友人と散策していると、同い年くらいの見かけない男の子が一人で畑を駆け回って遊んでいた。

その男の子はコチラに気付くと畑の中から駆け寄って来て「オメーらどこの小学校!?」と話しかけてきた。

Tさんと友人は「M小だよ。おめーは?」と訊ねると「T小!」と答えた。

M小とT小は隣の学区であり、家が近くても別の小学校に通っているというのはよくあることだった。

Tさんが「一緒に遊ぼ!」というとその男の子は嬉しそうに「いいよ!」と返しその日は3人で畑を駆け回って遊んだ。

それから3人はちょくちょく遊ぶようになったが、ある日、その男の子が「おれんちでスーファミやろうぜ!」と提案したので、Tさんと友人は「いくいく!」と3人で男の子のうちに向かった。


男の子の家は例の廃屋のような民家だった。

Tさんは一瞬ギョッとしたものの、いつもと何か雰囲気が違っていた。

庭先には頬被りをしたおばあさんと思われる女性が農機具を担いで畑作業をする準備をしていた。

そのおばあさんはにっこりTさんら3人を迎え「おう、友達連れてきたのか、めんずらしい!ゆっくりしていけ~」と声を掛けた。

男の子は「うん!おやつとかみんなで食べてイイ?」と聞くとそのおばあちゃんは「何食べても良いよ~。仲良くあそべ~」と言って畑作業に向かったようだった。


いつもの廃屋のような雰囲気ではない。人が住んでいる、家が生きているような心なしか明るく見えた。

Tさんと友人は顔を見合わせて「廃屋だー」と言っていたことを少し恥ずかしくなったそうだ。


その日は男の子とテレビゲームをして過ごしてTさんはとても楽しかった事を記憶している。


異変が起きたのはその後だ。


次の日の放課後、また友人とTさんで男の子の家に遊びに行ったのだが、様子がおかしい。

家の火が消えたように感じた。こんなに庭って荒れていたか。人が住んでる気配が感じられない。家に色が無い。そのように感じた。

まるで数日前まで感じていたまさに「廃屋」であった。


あの男の子は?おばあさんは?Tさんと友人は、付近の畑を夕暮れまで自転車で探し回ったが、見つけることは出来なかった。


Tさんは不安と恐怖を抱えながら家に帰ったが、いつも出迎えてくれるはずの母がいなかった。

買い物にでも出かけたかな?と思い、タオルケットを被ると昼寝をした。



どのくらい寝たのだろうか、目が覚めると辺りは真っ暗だった。

家の電気が点いていない。まだ誰も帰って来てないようだ。

おかしい。夕方には帰ってくるはずの父の気配もない。

母が帰って来ているなら家の明かりが点いていたり物音がしたり気配があるはずだ。なんでだ?なんでこんな真っ暗なのに誰もいないんだ?

そんな事を考えながらTさんはボーッと寝転がりながら暗闇に浮かぶ常夜灯を眺めていた。


それから数十分後、玄関をガラガラと開ける音と父の「ただいまー」という声が聞こえた。

あ、パパ帰って来た。「おかえりー」


Tさんは寝転がったまま動かずにいたが、そこから何の物音もしない。

玄関を閉める音、靴を脱ぐ音、廊下を歩く音、となりのリビングの電気を点ける音、着替える音、全てしない。


…あれ?パパ帰って来たよな?


そう思ったTさんは寝転がったまま、「パパー?」と声を掛けた。

となりのリビングから父の「ん~?」という声が聞こえた。

あ、いつの間にかリビングにいたのか。でも全くリビングにいる気配がない。

今Tさんが寝ている客室?とリビングは襖一枚で仕切られているのだが、閉じられている襖から全く明かりが漏れてこない。

明かりも点けずになにやってんだ?「ぱぱ~?何してんの?」と問いかけても「ん~?」と返すばかりだった。

異様に感じたTさんは立ち上がり、「ぱぱ~?」と声を掛けながら襖に近寄ったが、その間も父の返事は「ん~?」だけだった。


恐る恐る襖を開けてみたが、やはり辺りは真っ暗、常夜灯がうっすらリビングを照らしているだけで、父の姿は無かった。

間違いなく父の声はリビングからしていた。しかし人の気配が全く無い。

Tさんは恐怖で固まってしまった。が、父の返事があった。絶対この暗闇の中にいるはず。父を見つけなければ。

Tさんは震える声で「ぱぱ~?どこ~?」と訊ねると、部屋の中から父の返事が聞こえた。


「薬箱のとこ~」


え?Tさんは耳を疑った。薬箱のところ?置き薬のところ?

それはテレビ台の下に置いてある薬箱の事か?

Tさんは恐る恐る視線を落としテレビの下に目をやった。


そこには父の生首があった。


薬箱の代わりに父の頭が置いてあったのだ。

その目は生気もなくこちらを見つめていた。


Tさんはぎゃあああっ!と声を挙げすぐに家を飛び出した。

Tさんは自転車に乗ると泣きながら全力疾走した。

そのまま、近くの祖母の家に駆け込んだ。


祖母は驚いた様子でTさんを迎え入れてくれたが、Tさんの説明を聞くとただ事ではないと察して、すぐに他の親戚に電話をしTさんの家に向かわせた。

親戚から折り返し電話が来たが、家には誰もいないと言うことだった。

親戚は深夜までTさん両親を待っていてくれたようだが誰も帰って来なかった。


携帯電話なんてまだ無い時代だったので連絡の取りようもなく、数日祖母の家で様子を見ることにしたが、結局Tさんの両親は帰って来なかった。


その後、祖母もその事には触れなかったし、警察が動いたわけでもなかったので、Tさんは幼心に「失踪の事情を知らないのは自分だけなんだな、話してはいけないんだな。」とわかっていた。


最近、祖母が亡くなった時に事の顛末を聞いたが、単純に、母はオトコと逃げただけらしく、父も失踪後すぐに病気で亡くなったということだった。


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お話をしてくれたTさんは、今の心境も語ってくれた。


今となってはTさんも家庭を持っているし特に感慨深いものは無かったし、捨てられた自分が墓参りやら母親探しなんてのはする気が全く無いと言っていた。


ただ、Tさんの家庭に起きた不幸な出来事の皮切りは、あの男の子と出会ってからの事だったように思う。一連の出来事の後も例の廃屋を見に行ったりしたが、やはり誰も住んでいる様子は無く朽ち果てていたそうだ。

あれは一体何だったんだろう。

そして、テレビ台の下にあった父の生首。あれも不思議だ。


男の子、父の生首、一家離散。これらはたった2日で起きた。


あの男の子に出会ってなければ絶対違ったはずだ、とTさんは確信しているそうだ。

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