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【怪談】→いく →いかない

Aさん20代前半、スナック嬢から聞いたお話。


スナックやキャバクラに勤めている女性に怖い話は無いかと尋ねると、何気に体験者が多い。

内容は、「え?それって霊障とかでなく普通にある事では?」というものとゴリゴリの幽霊バナシに分かれるケースが多いようだ。

嬢が若ければ若いほど、血まみれの女や長髪の白いワンピースを着た女が追いかけてくるなどゴリゴリの怪談が多く感じる。

ウソだとは言わないが、一期一会のその場では裏も取れないし整合性が無い等わたしとしては少し懐疑的である。

客へのサービストークなのか、精神疾患によるものなのか、若さからの妄言か…いずれにしろ私にグッと刺さる怪談は少ない。


ごく稀に私が好きな類の怪談が聞けたりするのだが、Aさんの体験談はそのひとつだ。



Aさんは、昼は大学に通う学生さんで、遊ぶ金が欲しくて夜はスナックに勤めているそうだ。


地元が隣県で以前は通っていて、最近ようやく大学近くにアパートを借りて一人暮らしを始めたそうだが、そのアパートに引っ越して来て一週間もしないうちにそれは起こったそうだ。


スナック勤めを終え深夜というか朝方に帰宅し、だらだらとベッドで腹ばいになりスマホを眺めていたある日。

ただボーッとスマホ眺めていると、スマホとその下の枕めがけて上から透明な液体がポタポタッと数滴落ちてきた。


Aさんは何事かと上を見上げると、壁から女が顔を出していた。


ベッドは壁にくっ付けていていたのだが、枕側をくっ付けていた壁の上部からそれは生えていた(?)らしい。

高さは、Aさんが立ち上がったら目線が同じくらいだと話していた。

その女は長髪で貞子のようなイメージだったらしく生えていたのは鎖骨あたりから、上からAさんをのぞき込んでいたわけでは無く、向かいの壁に真っすぐ顔を向けていた。


Aさんが見上げると、壁から生えているそれの鎖骨と首、顎下から鼻穴が見えるような恰好で、角度的に目は見えなかったそうだが長い髪がダラッと垂れ下がりもう少しでAさんに触れるかどうかという距離だったそうだ。


その女はAさんを見る事無く対面の壁を眺めたまま小刻みに頭を上下に振りながら「うんうん、うん、うんうん…」と狂ったように呟いていたそうだ。

そして「うんうん」という呟くたびにその締まりのない口元からボタボタとヨダレが垂れていた。


Aさんはギャアアという悲鳴と言うか叫び声を挙げながらスマホ片手に外へ飛び出した。

玄関の外に出たあと自分の錯覚か何かかと思いもう一度部屋の確認をしようと恐る恐る玄関をもう一度開けた。


角度的に玄関からベッド及びその女が生えている壁は見えないのだが、微かにその方向から「うんうん、うん」と聞えた。

Aさんはまだいると確信し、その日は大学近くの友人宅に転がり込んだそうだ。


大学が終わりスナックのバイトがその日は無かった為、まっすぐ帰宅した。

まだ壁から生えている女がいるかどうか確認したがその女はいなかった。

やはり昨日は飲み過ぎただけかと胸を撫でおろし、いつも通りに過ごした。

眠る際、いくら飲みすぎとはいえ嫌なものを見たなと思っていたAさんは枕の位置を逆に、本来ならば足がある方に枕を置き変えて就寝した。


次の日の朝、目覚めたAさんは自身に何も無かったが、いちおう昨日、女が生えていた壁側を確認してみると、掛け布団の足元にシミが付いていた。

ポタポタと何か垂れたようなシミ。

匂いを嗅いでみたみたところ、酸っぱいような異様な匂いがしたがAさんは直感的に「あの女のヨダレだ」と感じたそうだ。


話を聞いていた私はAさんに「前日は枕にもヨダレが垂れたんでしょ?枕は匂いしなかったの?」と尋ねたところAさんは笑いながら「え、枕の匂いなんて自分のヨダレかと思うじゃないですかー」と笑いながら話していた。


話しは戻るが、その日以降、例の壁側の布団が汚れていたり、朝方帰宅して恐る恐る玄関を開けると部屋の中から「うんうん」と声が聞こえるという事が3週間ほど続いたそうだ。


アパートに帰るのが恐ろしくなったAさんはそれから数週間、自宅にはなるべく帰らないように友人宅やネカフェ、ホテルに泊まるなどし、アパートには日中着替えや生活用品を取りに一瞬行く程度で、例の壁側の布団がどうなっているのかなんて恐ろしくて見ないようにしていた。


精神的に参ったAさんはポロッとスナックでその話をしたそうだ。

するとお客さんではなく同じテーブルについていた嬢が、ソッチ関係に強い知人がいるから聞いておいてあげる!と提案してくれた。

その場ではお客さんなど「そのアパートが良くないんじゃない?引っ越ししてすぐでしょ?」と言われ内心Aさんもそうだと思っていたそうだ。


数日後スナックに着くや否や、例の嬢が興奮気味に話しかけてきた。

「ねぇねぇ!Aちゃん!あんたさぁ、どっか旅行行く予定とかある?」


Aさんは突然の問いに何の話かわからなかったが、壁の女の話しかと気付いたがそれが何の関係があるのか疑問に感じた。

話を要約するとこうだ。

Aさんが旅行に行こうとしている地方?場所?に憑りついている幽霊がAさんの部屋に現れている。

その旅行自体を取りやめた方が良い、という旨の内容だった。


Aさんはすぐさま、一緒に行く予定だった大学の友人に旅行の断りを入れた。ちなみにその友人とは同級生で女性だそうだ。


その日、Aさんは怖いながらも話の真意を確かめる為に自宅へ戻りジッと女が生えた壁を見つめながら朝まで過ごしたそうだが、その女は生えてこなかったそうだ。その際、ベッドの壁側を確認したところ敷いていた掛け布団におびただしい数のシミと、鼻にツンとくる匂いが強烈に染みついていたそうだ。


それ以降、一度も壁から女が生える事は無かったそうだ。



私の怪談集めの経験上、どこかに行ったらそこの幽霊が憑りついてきたというのは理解できるし、旅行に一緒に行く予定だった人の奥さんや彼女が生霊となって現れるというのは聞いた事があるが、この話はそのどれでも無い。


なんなら、旅行に行ったAさんに憑りついた幽霊が、未来から先回りして今のAさんに憑りついたようではないだろうか。「旅行に行かない」と決めたその日から幽霊が現れなくなるなんて、まるで「旅行に行った」という未来が消滅したから幽霊も消えた、などというSF染みた考えではあるが。

SF染みた考えであれば、「旅行に行かない」と決めた瞬間に旅行に行っていない世界線にシフトした為「旅行に行った」という因果から外れた…などなど妄想が止まらなくなるが多元宇宙の話を「超ムーの世界」で敬愛する三上編集長が話していたのを聞きながらテンションが上がったため無理矢理絡めてみたのは内緒。


いずれにしろ、私はこういった理不尽な怪談が好きなようだ。

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