【怪談】崖へ
Iさん50代男性から聞いたお話。
20年近く前に聞かせて頂いたお話なのでところどころ記憶が曖昧な部分もあるが、ご了承いただきたい。
Iさんが大学生の頃の話。
彼は星座などの天体に興味があったため、カメラと天体望遠鏡を担いで車で出かける事が多かったそうだ。
ある秋の週末、Iさんは、とある海沿いの崖に出かけテントを張りながら一晩中天体観測を行った。
まだ冬ではないものの夜中はかなり冷える時期であり、なおかつ海沿いの崖であるため、冷たい風がごうごうと吹きつけている。
まだネットが無い時代で観測場所を探すのにも一苦労していた頃だ、Iさんはその場所を自分で割り出して天体観測に適した場所だと確信していたのだが、さすがに海から吹き付ける強風は予想外だった。
その強風で望遠鏡が揺れてオハナシにならなかった。
Iさんは失敗したなぁと思いながら望遠鏡を片付け、夜が明けるまで黙ってテントで過ごすことにした。
ババババ!とテントが風に煽られる音が大きく全く眠りに就けなかった為、横になりながらテントの天井を眺めラジオを聞いていた。
ぶら下げたランプが揺れている様をひたすらボーッと眺めている。
あたりは暗いし崖っぷち、帰ろうとして誤って落下したらひとたまりも無い。
夜明けになり足下が見えるくらい明るくなるまでは黙っているしかないとIさんは思った。
そうして数時間、うとうとし始めた頃に変な音が聞こえた。
ハッと目を覚ますとさっきまでの強風が収まり、遠くて小さいものの激しい波音だけが聞こえていたのだが、それにまじり何か他の音が聞こえた。
耳を澄ますと、それはどうやら男性の声のようだった。
ぼそぼそと一人で何かを話しながらテントの周りを歩いているようだ。
しかし足音らしきものが全く聞こえない。
ラジオかとも思ったが、明らかにラジオの音とは別で、声の元がテントをぐるぐる回っているのだ。
足音が聞こえない…まさか………
なんて一瞬思ったが、そんなはずはない、地元のDQNがいたずらでもしてるのかと思い直しIさんはテントの外に向かって声をかけた。
「なんですかー!何か用でもあるんですかー!?」
Iさんはテントの入り口に足を向けた状態で寝ており、上半身を起こして声を掛けたのだが、その瞬間、Iさんは見えない何かに両脚をガッと捕まれた。
えっ!?と思うやいなや、Iさんはそのまま見えない何かにギューッと引っ張られ、テントの外まで引きずり出された。
見えない何かはそのまま凄まじい勢いでIさんを引っ張った。
Iさんは何が起きてるか理解出来なかったが、このまま引っ張られ続けたら崖だという事には気がついた。なんとかしないとこのまま崖下の海まで落とされてしまう。
Iさんは「うおおおおああああ!!」と叫び声を挙げながら両脚にありったけの力を込めて振り回した。
すると、見えない何かの手からスルッと抜けたかのように足が自由になった。
Iさんはすぐさま立ち上がり、無我夢中で走った。
400mも行けば車が置いてある駐車場だ、転んだってかまうものか、まっすぐ走れば崖に急に落ちる事はないだろう、とりあえず今は走るんだ!
ダーッと駆け出したIさんは100mも走らないうちにコケた。
そりゃそうだ、崖沿いなんて岩肌ばかり、しかも辺りは真っ暗。
Iさんは、見えない何かが追ってきてるのではと警戒したが、コケた時に強打した膝の激痛で立ち上がれずにいた。
痛くて痛くてマジで立ち上がれない、どうしよう。とパニクっていたが何かが追ってきてる様子は無かった。
例のぼそぼそ声も聞こえない。
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倒れ込んだまま辺りを警戒してどのくらいたっただろうか。
微妙にあたりが白じんできた。足下が微かに見える。
それに気付いたIさんはすぐに立ち上がり、テントと天体観測道具一式を雑にまとめると早足で車に向かい、そのまま車に乗り込むとすぐに帰宅した。
帰宅し少し落ち着くと、激痛が走った。
コケた時に打った膝と、その時は気がつかなかったがアゴも打ったようで、
膝とアゴからダラダラと流血しており、車内も血だらけでひどい怪我と有様だったそうだ。
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その後、幽霊チックなものを連れてきたとか、不可思議な事は起きていないそうだが、その現場になった新潟のとある崖を調べてみたモノの、特に自殺の名所だとか悲惨な事件があったという話は見つけられなかったそうだ。
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