20240920【開発金融】第01回 途上国開発と金融の役割
1.1 はじめに
経済発展における金融の役割に関する研究は、1990年代以降に大きく深化。理論研究の面では、情報の経済学と内生的成長理論をベースとして、数多くのモデルが議論。実証分析の面では、理論研究の成果を確認するためにクロスカントリー・データや産業レベル・データを用いた検証。
1.2 経済発展と金融部門の役割
(1)経済における金融の役割
金融部門は2つの機能を通じて経済活動に貢献 (World Bank, [1989])。
一般的交換手段 …金融部門は、貨幣を提供することで経済取引にかかわるコストを低下させ分業を促進。分業の拡大は経済の生産効率を高め経済発展を推進。
円滑な資金移動 …一般的に、資金は豊富であるが優良な投資機会が乏しい経済主体から、投資機会に恵まれているのに資金が不十分な経済主体に資金を移動できれば、経済全体の生産効率が高まり経済発展が加速。
(2)金融の3機能
金融部門は、資金を提供者から利用者へ円滑に移動するために次の3つの金融機能を果たす(Levine[1997])。
リスク分散(risk diversification) 機能 …金融機関や金融市場を利用して、資金の提供者は分散投資を進め資産運用を多様化、投資リスクを減らすことができる。
プロジェクト評価(project evaluation) 機能 …金融機関などは、投資先の収益とリスクに関する情報生産を行う。
流動性リスク管理(liquidity risk management)機能 …短期で資金を運用したい資金提供者と長期資金を確保したい資金需要者との間に立って、金融機関や金融市場は、短期資金を長期資金に変換する。←Facilitating Risk Amelioration
貯蓄動員(mobilize savings)機能
資源分配(allocate resources)機能
→産業構造高度化の過程で、成長が有望な産業を新たに導入するには、大規模かつ長期性の資金が重要 (寺西[1991])。
1.3 金融機能と経済成長モデル
(1)内生的な成長率の決定
内生的成長モデル(endogenous growth model) に金融機能を組み込んだ経済モデル。
以下のようなマクロ生産関数を考える。 K_tとL_tはt期の経済全体の資本ストックと労働、簡単化のために労働は一定L_t =Lと仮定。(K_t L_t) は生産性を考慮した労働の投入量を表し、資本蓄積が進むに伴って研究開発や人的投資が向上するため、労働の生産性が高まることを示す。生産関数はK_tと(K_t L_t)に関して1次同次であり、それぞれについては収穫逓減が働くと仮定。
1人当たりの生産量y_t (=Y_t/L_t)を1人当たりの資本ストックk_t (=K_t/L_t)の関数として(1.1)式を書き直すと、
Y_t=F(K_t, (K_t L_t ))=F(1,L_t)K_t (1.1)
この経済ではt期の所得の一定割合s(0 < s < 1)が貯蓄され、既存の資本ストックは、毎期、定比率γ(0<γ<1)で減耗すると仮定。このとき、t期における1人当たりの資本ストックの増加額∆k_tは、
∆k_t=sy_t-γk_t=(sA-γ)k_t (1.3)
もしsA-γ>0であれば、資本ストックk_tは時間と共に(∆k_t)/k_t =(sA-γ) の比率で増加し、1人当たり産出量Ak_tも同比率で増加し続ける。
(2)金融機能の発展と成長率
情報の非対称性が存在せず、あらゆる市場が完備されているような経済を想定。この場合、各個人の受け取る投資収益率r_t は、資本の限界生産性Aに等しい。資金移動に関して一切の障害が存在しないので、それを軽減するための工夫である金融部門は、存在する意味がない。
途上国経済では、情報の非対称性や法制度の不備を理由として発生するすべての追加的なコストの合計をθで表すと、各期の資本ストックの増加は、
∆k_t=(1-θ)sAk_t-γk_t (1.4)
経済制度が未発達なほど、資金移動に伴う摩擦や障害は深刻になり、市場で発生する追加的コストθは大きくなる。貯蓄が一定でも、資本ストックの増加率が低下し、したがって成長率もその分だけ減少。
∆k_t/k_t=(1-θ)sA-γ
金融部門が発達するほど市場の取引コストθは小さくなり、資金の提供者である各個人の受け取る利子率r_tと企業の資本限界生産性Aの乖離幅は小さくなる。この結果として、資本限界生産性が一定の下でも消費の増加率は高まる。
本節で説明したモデルでは、金融機能の改善が資本蓄積を促し、資本の外部性によって労働生産性が改善して成長率が上昇。
1.4 金融発展と経済発展の実証研究
King and Levine [1993]は、経済発展に対して金融部門の発展がとどのような効果を及ぼすかを検証。
Y=β_0+β_1 (金融仲介の発達度)+β_Z X_Z+ε
被説明変数Y :1人当たりGDPの成長率、1人当たり資本の生産効率の平均値、投資率、生産性上昇率。
金融仲介の発達度:金融深化の指標(流動性負債/GDP比率)、金融の質(預金銀行総資産/全銀行総資産比率)、資金仲介に占める民間部門の比重(非金融民間部門向け貸出/総貸出比率と非金融民間部門向け貸出/GDP比率)。
X_Z:初期時点の1人当たりGDP、初期時点における中等教育就学率、革命の発生回数、インフレ率、外貨闇市場のプレミア率など。
推計結果によれば、金融仲介発達度の係数値β_1は有意にプラスの値。→金融仲介の発達を示す変数が経済成長にプラスの影響。
ただし、因果関係は導けない(Rajan and Zingale, 2000)。
この批判に対して、Levine and Zervos [1998] は金融発展が経済成長をもたらすという因果関係の検証を試みた。法制度の整備水準を金融発展の操作変数として利用。
Y=β_0+β_1 LLY+β_Z X_Z+ε
LLY=α_0+α_1 CREDITOR+α_2 ENFORCE+α_3 (法の起源)+ε
Y:経済発展の指標
金融仲介の発達度LLY
CREDITOR:債権者の権利の保全度。
ENFORCE:国家による法の強制力。
法の起源ダミー:各国の法律の起源。
推計結果:金融仲介の発達指標の係数値β_1は、有意にプラスの値。→「法制度整備が金融仲介の発達を促しその結果として経済成長が進む」という連鎖が確認。金融の発展が経済成長を促進する効果。
1.5 途上国の開発金融政策の変遷
(1)人為的低金利政策と統制的資金配分
独立当初の途上国では金融市場は未発達。
取引コストの低下を目指して市場を整備
人為的な資金供給のルートを形成
1960年代までに途上国で実施されたのは、人為的に政策資金を特定産業に移動させる統制的資金配分。同時に、企業の投資を促進させる観点から投資資金コストを引き下げるために低金利で資金供給 (Fry[1988])。
人為的低金利政策の効果(図1-2)。
本来の市場均衡は、資金供給曲線と資金需要曲線の交点Eで決定、金利はr_0 、資金需給量はQ_0 。このとき企業の利潤はAEr_0の面積。
人為的低金利政策で、金利上限がr_1 ( r_1 < r_0)に設定されたとすると、資金供給量はS_1に低下するが、企業の利潤はACBr_1の面積になり政策実施前よりも増加。
結果として内部留保による企業の投資が拡大すれば、経済成長の加速が期待。
さらに、政府が資金を統制することによって、将来成長が見込まれ産業に資金が優先的に配分されるならば、戦略産業を核とした経済成長の加速が期待。
人為的低金利政策は、やがて多くの国々で行き詰まり。
実物面では、統制的資金配分の目標とされた戦略産業で、成長が頭打ちに。多くの輸入代替産業は、国内市場の輸入代替には成果を挙げたものの、海外市場への輸出には失敗し成長が急激に低下。
金融面でも、フォーマル市場の成長が停滞し政策金融機関に不良債権が蓄積されると同時に、規制を回避したインフォーマル金融が肥大。さらに貨幣増発を利用した政府による資金配分はインフレを悪化させマクロ経済の不安定化。
(2)構造調整政策と金融自由化論
人為的な低金利政策への批判として、McKinnon [1973] とShaw[1973]の金融自由化(financial liberalization) 論。
Shaw[1973] は、人為的低金利政策は金融抑圧(financial repression) を発生させ経済成長に負の影響があるとして、2つの問題点を指摘。
金利低下による資金供給量の減少。→企業の資金調達量も減少し投資の低下→生産能力の伸びを抑制→経済成長が抑制。
金利による資金配分機能が活用できなくなるため、資金が非効率的な目的に配分、投資効率が悪化。
以上の問題は、人為的に金利を低く固定し金利の調整機能を停止させたことから生じているとShawは指摘。問題を解消するには、人為的な金利上限規制を廃止し、金融市場を自由化させることが必要。1980年代後半から多くの途上国で、それまでの開発政策の根本的な見直しが進められ、国際金融機関などの支援を受けて構造調整政策が実施。開発金融政策についても、従来の統制的資金配分を改め市場機能を活用した資金配分を実現するため、金融自由化政策が進められた。
(3)金融抑制論
金融自由化の成果=人為的低金利政策が生み出した資源の浪費が解消され、過去の負の遺産が清算。
非効率な資金配分と政策金融機関の不良債権問題、さらに政府財政赤字の補填など一連の問題が、制度金融を縮小し市場を自由化することによって大幅に解消。
金融自由化の課題=金融自由化はそのまま企業への積極的な投資資金の供給につながった訳ではなく、経済成長を加速するような活発な国内投資を生み出すことには必ずしも成功しなかった。
→途上国の金融市場の不完備性を強調し、このような市場環境の下では、政府による統制的な資金配分にも一定の合理性があることを主張するStiglitzらによる金融抑制 (financial restraint) 論(Hellman et al. [1996b])。
情報の非対称性が高く、完備した市場がない場合の貸付資金市場(図1-3)。
企業の資金需要は図1-2と同じであるが、資金の供給曲線はある金利水準で反転*。
情報が非対称な世界では、資金の供給者は資金の需要者である企業の情報を十分に知ることができない。一般に投資の収益率はリスクと相反関係(高リスク高リターン)。⇔貸し付けた資金が無事に返済される限り金利が高いほど期待収益率は高くなるが、金利が高くなると資金が返済きれなくなる可能性も高まってくる。
したがって、ある一定の金利水準までは金利収入増加のメリットが債務不履行リスクの上昇によるデメリットを上回るが、金利が高くなると債務不履行リスクのデメリットが金利収入増加のメリットよりも大きくなる。金利が上昇するに連れて資金供給量は増加していくが、金利がrに達すると資金供給量はS以上には増えなくなり、さらに金利が上昇するとむしろ資金供給量は減少。
金融自由化をしても市場金利rの下でSDだけの超過需要(均衡信用割当)が解消されず企業の資金需要は満たされない。
このような問題は、途上国ではより深刻。
市場では資金の需給均衡は金利調整によっては達成できず、資金の超過需要が解消きれないままの状況が生じる。
資金は比較的安全な投資には供給されるが、たとえ将来性が高い事業でもリスクの高い投資には資金供給は行われず、このことが経済成長の阻害要因となる。
金融自由化政策は、資源の浪費を解消することはできても、有望産業の投資を加速し、経済を活性化するような力を生み出す手段とはなりえない。
事態を改善させるには、反転している資金供給曲線を正す必要。
情報の非対称性を改善し、債務不履行のリスクを低下させるような方策が有効。もし、低金利政策によって生み出されたレント機会が、金融機関のモラル・ハザードを防止するのに役立ち、貸出先のスクリーニングや貸出債権のモニタリングに積極的に努力しようとする意欲を高める効果があるならば、低金利政策は生産的な投資を拡大させるのに拡大に有効。日本の事例(Hellman et al. [1996b] )。
人為的な低金利政策は、情報の非対称性の激しい途上国の金融事情の下では、金融市場整備の有効策になりうる。ただし、中南米や北アフリカ諸国のように、この政策の下で生み出されたレントが、政府によって財政赤字の補填に流用されてしまった場合には、人為的低金利政策は金融自由化論の批判の通りに経済成長を阻害。
Hellman et al. [1996b] は、人為的低金利政策のタイプを2つに分け、低金利政策によって生み出されたレント機会が金融機関によって有効に活用され、金融制度整備と金融機能強化に役立った場合を「金融抑制」、レント機会が政府に収奪されて浪費された場合を「金融抑圧」と論じた。