夢と現実二極論崩壊論 ~私はこうしてDJになった③
人はひとりでは何事もなしえない。
なにひとつだ。
もちろん、DJになることだって、そう。
(なんか、この連載? 毎回文体が違うような気がするけど、ユルセヨ)
今年の4月27日、ある友だちへのLINEに私は書いている。
「私、DJになるわ、やっぱ」
やっぱってなんだ、て感じだが、やっぱはやっぱなんだよ。
同じ日の私のツイートである。
なぜ彼女に自分の夢(この際いいや、夢で)を語ったのだったか。
最初のきっかけについては忘れてしまった。
「DJになりたい」と言って、世の人の反応はぱっくり二つに分かれる。
「なにそれ、おもしろそう!」という人と、
「へー」で終わる人。
彼女はそのどちらでもない反応を返してきた。
「私もやりたい!」
彼女は年子の子どもを持つ、保育園のママ友。
さっそくハマっているDJの動画を送ってきた。
瞬間、ヤバい! と私は思った。
彼女はフットワークが軽く、かつピンと来たら迷わず物事をやるところがある。
抜かされる! と私は思った。
彼女は、男同士で例えて言うなら、「こいつはいいよな、すぐかわいい子に声かけられて」って思われるヤツ。それに近い。しかしなぜ例えるか?
今思うと、彼女がいたから、私は本気を出さざるを得なかった。
感謝である。
彼女は、大がかりな片づけの真っ最中で、それが幸いした。もし、彼女の家が片づいていたら、私は完全に遅れを取っていたかもしれない。
とにかくその日から、私のDJ熱は加熱し、彼女もヒートアップし、彼女とのLINEには「DJユニット」とか「B2B」とか、使ったことのない言葉が踊り始める。二人とも、意味ほとんどわかってないのに。
まずDJ名からじゃない? となにごとも形から入る私が言って、私は自分のDJ名を「DJ早喰い」に決めた。彼女は「DJワンオペ」でいんじゃね? と言ったら、普通にスルーされた。
ここで、再び私のTwitterを振り返ってみる。
この間、DJという単語が出てくるツイートはこれだけ。
私はDJになりたいという旨のツイートは一切していない。
上記の3つのツイートの合間、5月3日に、私のスマートフォンにI氏からのLINEが届く。
実は氏は、私のDJの師匠とも知り合いで、昨年私が一瞬、DJ熱に浮かされた時のことも知っていて、じゃあやります? みたいなことまで言いかけてくれていたのだった。
しかしその後、②で書いたように、私はDJから遠のき、I氏にたまに会っても、DJのことを話題にすることはなくなっていた。
それがここに来てのオファーである。
すべては天の采配と思うしかなかった。
I氏とのLINEの後、5月19日、パートナー経由でミキサーを譲ってくれる人が現れた。まじかー!
さらに6月2日、師匠が我が家に来て、一日みっちりDJレッスン。
なんと使っていないCDJを譲ってくれると言う。まじか・・・!
ここまで来ると、ほんとにこわくなってもくる。
さー、ここまでお膳立てしてやったんだから、あとは自分でやるよね? まさかやらないわけないよね? って念押しされてるみたいな。
師匠の来訪レッスンの日、私は歓待のかぎりを尽くし、感謝の念を表した。
ママ友DJライバルものぞきにやってきた。
レッスンは最初楽しかったが、午後になって「やはり私には無理なのでは・・」と思うこともあったり、それでも夕方には「でもやりたい、一歩、いっぽだっ!」と復活。夜には本当にクタクタになっていた。
その後、メルカリにてもう1台、CDJをゲット。(実はこの時も、DJライバルにお世話になったのだった)
こうして、ついに私の部屋にDJブースが完成した。
この日から、6月24日のDJデビューの日まで、猛練習の日々が始まる。
DJをしていると、なぜか大量に汗をかく。別に踊りまくっているわけではないのだが。(これは詩のスラム(バトル)に出ている時と同じたぐいの汗だとあとで気づいた)
ということだ。私、わかってんじゃん。
天もまた、わかってんじゃん、である。
師匠、ママ友ライバル、I氏、ミキサーくれたGK、そしてGKにつないでくれたパートナー、応援してくれた子どもたち、それからメルカリにCDJ出してくれた人、他、陰ながら面白がってくれた人たち、みんな、ありがとう!
私がDJになった話はこれで終わりです。
なにかの参考になったり、単純に楽しんでいただけたのなら、幸いです。
追記:ちなみに数日前、2回目のDJ依頼が来ました。
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