見出し画像

靴べらのない世界

2024/11/16 靴べらと革靴

靴べらって便利だ。
人肌には少し硬い革靴に足がすっと入った。

明日は高校の友だちの結婚式だった。
実家に帰ると父が仕舞っておいた革靴を用意してくれていた。
靴は新入社員の頃と変わらないままで、ピカピカのつやつや。

「靴べらのない世界なんて考えられない」
昔の上司が言ったことを思い出した。

革靴を履くような日々を過ごしていたこと。
それらを時々磨いていたこと。
3年も前の話だった。

2024/11/30 誰にも触れたくない

何度も何度も目が覚めた。
居心地が悪く、酷く不安な気持ちでいっぱいだった。

馴染めない場から早々に立ち去り、誰とも話したくない気分のまま布団に潜り込んだ。体は疲れているのに、眠たくなってくれなかった。
駄目な自分と向き合えず苦しくなった。

人が当たり前にできることが自分にはできない。
それが苦しかった。何度も悩んでいることが、僕には解決できなかった。
それが普通にできる人がおかしいのだと否定したい気持ちになる。
前にそれはしたくないと思ったのに。

こんなやつのことを誰が好きなんだと思った。

何度か目が覚めとき、GSHOCKの電子音が午前0時を告げた。
暫くしてこんなことを思った。

「愛しき明日が待ってるぜ」

わからない。なんでこんな風に思ったかはわからない。
今までにもらった読んだ言葉や聞いた歌。もらった言葉が巡った。
自分の為に思えた、本当にそうだったもの。今までに心をすっと軽くしてくれたものたち。その類の言葉が気まぐれに吐き出された。

何の根拠もないが、勇気をもらった。

2024/12/01 忘れた大切なこと

最後に目が覚めたのは午前7:34だった。妙な思いつきをつぶやいてからは、少しまともに眠れた。散らかった部屋を少し片付け、実家から送ってもらった荷物を解き一冊の本をリュックに詰めた。昨日から充電が切れたままのスマホを一度だけ手にしたが、すぐにレンジの上に置いたままにして家を出た。

コワーキングスペースにつき、プロテインとお湯をマドラーで混ぜながら黄緑の表紙をめくる。

”自分の小さな「箱」から脱出する方法”

昔の上司がくれた本だった。読まずに実家に置いたままにしていた。
「靴べらのない世界なんて考えられない」の言葉を思い出したあの後、この本をアパートに送ってもらう荷物と一緒にまとめておいた。

今日、読むべき日が来たと思った。

まえがきよりも本編が気になるので、せっかちにもその部分を飛ばし、もくもくと読んでいく。50ページほどが過ぎると夢中になっていた。

自分を正当化することの苦しさは痛いほどわかっていた。
転職すると決めた3年前に「自分の正しさを証明しない」と手帳に記したことを思い出した。それでも、それを繰り返していた。

そして、この身に覚えのある問題が誰にでも起こっていることを感じた。
そんな世界で笑顔でいようとする人のこと、自分に関わってくれた人の気持ちを無下にした日があった。
どうしてその人の気持ちを考えられなかったのか。

最後の章を読みながら、辞職を告げた頃のことを思い出した。
まだ一緒に働きたいと言ってくれたこと。
渡したいものがあると言ってこの本を手渡してくれたこと。

まだもらった気持ちも返せていない。
上司にも、先生にも、友達にも、父にも、今の同僚にも。

すばらしい出会いがあったこと。
人の気持ちに触れて、心がふるえたこと。

照れくさいけど、今なら伝えられるような気がした。

最後のページに感動しながら、急いで家にもどる。
今日は、同郷の友達と会う約束があった。

自分の小さな「箱」から脱出する方法
アービンジャー インスティチュート (著), 金森 重樹 (監修), 冨永 星 (翻訳)

2024/12/01 靴べらのない世界

家に戻り、真っ先にスマホの充電をする。
せわしなくメッセージを確認する。

「家につきました!」
「寝てる?」
「喫茶店に向かいます!!」
と立て続けのメッセージ。

ごめん!!

急いで支度をする。
ふと思う。
「どうやって友達になったんだっけ?」
答えが出せる猶予はない。

再度スマホを手に取り、玄関に向かう。
充電は8%もあればいい。

「今から向かいます!!」
それだけ送って玄関に向かう。

黒いニューバランスが目に入る。
一カ月前に買った防水仕様。
人肌には少し硬い。

いつかのライブのグッズ。
小さな靴べらのキーホルダーを使う。
足は気持ちよく靴に収まる。

「靴べらのない世界なんて考えられない」
いまならよく分かるかもしれない。
そう思いながら全力で走る。

愛しく思えた今日


いいなと思ったら応援しよう!