![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/47080964/rectangle_large_type_2_eda821c5da1dd2aa8d098867118daac6.png?width=1200)
「ガンズ・アキンボ」と歴代のボンクラヒーロー映画たち
ダニエル・ラドクリフの名前には、いまだに「ハリー・ポッターシリーズ」の枕詞がつきまとう。それだけ大きな社会現象だったと言うこともできるけれど、マコーレ・カルキンやハーレイ・ジョエル・オスメントのように、いつまでもそのイメージが付きまとって次のキャリアに進むのを阻まれてしまうことも往々にしてある。彼もそれを嫌がったのだろう。シリーズから開放されて以降、積極的にハリー・ポッターのイメージを壊す、エキセントリックな役や映画に挑んでいる。そのフィルモグラフィーを振り返っても、むしろ素直な役を探すほうが難しい。「スイス・アーミー・マン」の死体役は特に強烈だった。「ウォールフラワー」や「美女と野獣」でヒロインを演じ、正統派スター女優の道を進んでいくエマ・ワトソンとは対照的である。
「ガンズ・アキンボ」はそんなダニエル・ラドクリフ主演の最新作だ。演じるのは、ネット掲示板で他人を煽るのを生きがいにするネット弁慶。ある日、本当の殺し合いを生配信するサイトをいつものように荒らしていたら、怒った運営の闇組織が家に乗り込んできて、両手に拳銃を固定された上に、デスゲームに強制参加させられる…というお話。こうやってあらすじを読むだけで面白い。ほとんど出落ちみたいな設定だが、終始パニクりながらも戦いに挑むマイルズ(ダニエル・ラドクリフ)がとにかく楽しく、最後まで勢いで見れてしまう。両手に拳銃がくっついているから、まともにスマホも操作できないし、トイレに行けば便座はびしゃびしゃに。まあそうなるでしょうね…と言いたくなるバカバカしさ。最近、この手の手軽なアクション映画が劇場にかかる機会がめっきり減ってしまっていたので、ちょうどいい栄養補給になったと思う。
ところで、二丁拳銃の男が闇社会を踏み荒らしていくこの映画のベースにあるのは、アメコミ文化の影響を受けた「ボンクラヒーローもの」とも言うべきジャンル映画たちである。「キック・アス」がその原点にして頂点だろう。他には「キック・アス」のバイオレンスさを煮詰めて限界まで味濃い目にしたジェームズ・ガン監督の出世作「スーパー!」や、ダサいオタクを演じさせたら右に出る者はいないジェシー・アイゼンバーグ主演の「エージェント・ウルトラ」が挙げられる。いずれも「スパイダーマン」シリーズのピーター・パーカーのキャラを下敷きにした、冴えない非モテ男が主人公であり(「スーパー!」のグラビトンボルトはちょっと違うけど)、陽気で荒唐無稽な世界観と、過激なバイオレンス描写のアンバランスさが売りだ。さらにヒーローとしての「男らしさ」を見せることで、気になる女性(今回は元カノ)をいかに振り向かせるか…という展開はこの手のジャンルの様式美になっている。しかし、これらの映画はときにヒーローへのあこがれの裏に見え隠れするマッチョ願望をグロテスクにえぐり出すこともあるから、単なる「ボンクラヒーローもの」だと侮ってはならない。映画だとこのあたりは漂白されがちだが、「キック・アス」の原作コミックはかなり陰惨にこのテーマを描いていて、一読の価値がある(一作目のラストはコミックを読むと、映画版が相当ぬるく見えてくる)。
また、見方を変えれば「96時間」や「ジョン・ウィック」、あるいは「イコライザー」のような「ナメてた相手が実は殺人マシンでした映画(by ギンティ小林)」の系譜にならぶ作品と捉えることもできよう。特にこのジャンルの映画ではさいきんTPSガンシューティング風の殺陣が流行っている。「ジェイソン・ボーン」シリーズに代表される細かなカット割りとシュアな編集でスピーディにアクションを見せる流行はひと段落したのだろう。VFXによってアクション中の血飛沫や弾丸はあとから自由に映像に付け足せるようになったし、長回し風のシークエンスで丁寧にアクションを見せてくれる作品も増えたように思う。アクション映画ではないが第一次大戦の地獄を擬似ワンカットで描いた「1917 命をかけた伝令」は、モロに戦争ゲームの影響を受けていた。映画の作り手もゲームのインタラクティブな面白さや没入感、アトラクション性をなんとか作品に取り込もうと試行錯誤しているのではないだろうか。
「ガンズ・アキンボ」も、真正面からこれらの作品の形は取っていないものの、基本的にはジャンル映画の構造をふまえた内容になっている。しかし、残念ながら先に挙げた作品とならべてみると、あくまで「フォロワー」の域を出ないし、もし本当に作り手が意識していたのであれば、残念ながら技術が追いついていないように思う。わざとなのか知らないけど演出は絶妙にダサいし、編集もテンポ良さそうでまったく良くない。オープニングロゴのフォントはフリー素材かと思うぐらい古臭い。殺し屋ニックの登場シーンは、スピーディにカットを割るわりにもっさりしていたし、最後のバトルシークエンスも、アクション映画的な見どころに欠けていた。おなじイギリスの映画監督、マシュー・ヴォーンのようなことをやろうとしていたのではと思う。しかし「キック・アス」の「Banana Spilits」をBGMにしたヒットガールによる不謹慎きわまりない人体破壊シーンや、「キングスマン」のハイライトとも言うべきパブでの大乱闘のような、印象的なアクションシークエンスを見ることはできなかった(このレベルを求めるのは酷かもしれないけど)。作品として目指すところには賛同しつつも、すべてが60点に届くか届かないか…というクオリティなのがなんとももどかしい。とはいえ、そういうめんどくさい比較を抜きにすれば、休日の映画館でスカッとストレス解消するにはちょうどいい作品であることはまちがいない。